希望発見ブログLooking for HOPE

心を癒す旅 ~もっと楽しく、もっと気楽に。

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希望発見ブログでは、霊的知識(スピリチュアリズム)を元に、瞑想、心の癒し、死後の世界(天国)の実像についてお伝えしています。
(いかなる宗教とも一切関係ありません)◎皆様の受け入れられる範囲でお読み下さい。

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この心癒えるまで【5】天国へ旅立った父*人は死後も学び、成長していく

 最近、記事の更新ペースが遅くなってしまい、楽しみにして下さっている方には申し訳なく思っています。可能な限り時間を確保しつつ霊的知識をお伝えしていきますので、よろしくお願いいたします。

この世を旅立つ人には祈りを

 先日、入院中の父が重篤との連絡がありました。病院の方のお話だと「今日、明日には・・・」とのことで、覚悟を決めざるを得ない状況でした。
  人間は、人生の最期の瞬間まで苦しみを体験せざるを得ない時があります。家族にとっても非常につらいことですが、見た目にどれほど「かわいそう」でも、本人にとって報われない苦しみは一秒たりともありません。苦しみの霊的な意味については、次回以降の記事でより詳しく触れる予定です。
 私は、父のために祈りました。どうか心安らかに旅立てますようにと。そして、父が旅立った際には、天国の環境に少しでも早く順応できるよう助けてあげてほしいと思いを言葉にしました。
 大切な人の身に死が迫った時、恐怖や不安、悲しみが押し寄せ、パニックになりがちです。しかし、こういう時こそ気持ちが落ち着くまで深呼吸を繰り返し、静かな祈りの時間を持つことが肝要です。
 霊の世界では先に他界した親族や友人、また霊的に深い絆を持つ人が必ず死期を察知しお迎えにきますが、祈ることによって、増幅された思念の高い波長に感応した霊団(特定の使命を持つ霊的グループ)が呼び寄せられ、死の前後から霊的環境への順応にいたるまで、一連のプロセスが円滑に進むよう献身的に支援してくれます。この支援は、死の境界線をくぐる人に大変大きな安らぎをもたらします。
 回復を祈る場合は、必ずその人の元気な姿を、はっきりイメージします。祈りの実現は、霊の世界の住人との協調作業です。祈ったそばから心配のあまり最悪の状況を思い浮かべることは、霊的援助を妨げてしまうので絶対に避け、できるだけ不安の念を心に生じさせないように心がけることで、祈りの実現を促進します。
 人の死期は、複数の霊的法則が複雑に絡み合い予め決まっているので、祈りが全て実現するとは限りませんが、祈りによって叶えられることも多く、祈りの力を決して過小評価してはいけません。思いがまとまらない場合は、しっかり声に出すと伝わりやすくなります。
 連絡があってから数日後、父は地上人生を卒業しました。私は諸事情あり、どうしても駆けつけられなかったのですが、家族の話によると、父はとても安らかに旅立てたとのことです。

死後は思い込みを手放すことが大事

 父が他界した際、私は父がその直後に経験したことに思いを巡らせました。死後、霊体での目覚めが病室なのか天国なのかはわかりませんが、先に他界した両親や兄弟、友人に迎えられ、とても驚いたことと思います。
 もっとも、人は死の間際、肉体の力が弱まるにつれて霊体の力が強くなるので、他界前に霊視力で天国から迎えに来てくれた人の姿が見えたり、天国の圧倒されるような美しい風景が視界に飛び込んでくることもあります。
 父は晩年、足が弱くなって思うように歩けませんでした。そのため、天国から迎えに来てくれた人にまず「自分が完全に治ったと思い込むんだ」と教えられたはずです。
 寝たきりだったり、どこかに慢性的な痛みを抱えていた人は、死後も自分が動けないとか痛みがあると思い込んでいると、本当はあらゆる病苦から解放されて元気闊達に動き回ることができるにもかかわらず、それができません。
 一旦の境界線をくぐると、そこは個々の思念が最大限に尊重・優先される世界なので、「自分は動けない」「ここがいつも痛い」という強い思い込みは、速やかに手放す必要があるのです。同じ理由で、宗教的世界観を頑なに信じたり、死後の世界は存在しないと完全否定することは、自らを暗闇の牢獄に閉じ込めてしまうに等しい行為です。
 人は死後、不要な思い込みを手放すと完全に健康を取り戻した状態で、天国から迎えに来た人と再会を喜び合います(自ら命を絶った場合は異なります)。
 地上に残された家族は、大切な人が亡くなると悲しみの涙を流しますが、天国から迎えに来た人からすれば、愛する人があらゆる苦悩から解放された上で再会できたことに、言葉に言い尽くせぬほどの喜びを覚え、うれし涙が頬をつたいます。これが死の実像です。死は新たな人生の出発なのです。
 その後、思念を使ったコミュニケーション方法や移動方法を教えてもらったり、地上と天国の生活習慣の相違点等を教えてもらいながら、少しずつ霊の世界に順応していきます。父は生前、食事にいろいろ制限があったので、死後、思う存分大好きなものを満足するまで食べられます。
 お酒も飲みたければ、何でも飲めます。経済活動はないため、店で購入するのではなく自分の思念(はっきりイメージすること)で何でも創り出すことができます。
 死後もなお飲食を望む人の霊体には、私たちと同じ臓器がそのまま残っています。少しずつ地上人生で慣れ親しんだ欲望を消化して霊的に覚醒していくと、霊の世界の生活に飲食や飲酒は一切不要と理解し始め、地上的な習慣を手放すと共に霊体の中の不要な臓器は自然に消滅します。
 もう一つ、思い込みの例をお伝えすると、天国には夜がありません。太陽とは別の光源がありずっと明るい状態です。しかし、地上世界と同じように昼夜があると思い込んでいたり、その事実を受け入れられないうちは、地上圏に近い低い界層で、朝・昼・晩の生活を送ります。
 霊的覚醒と共に、自分の思い込みが環境に反映されていることを理解し始めると、光にあふれたより美しい界層に導かれます。霊的知識がある人は、こうした調整期間が不要で大変スムーズに霊の世界に順応できます。 

人は睡眠中に天国体験をしている

 父が亡くなる2週間前のことです。父と同居する家族から、父が私の顔を見ながら電話で話したいと言っていると連絡がありました。入院前のことです。
「元気にしてるか?」と父のかすれた声で会話が始まり、しばらく近況などを伝え合った後、父は「最近、毎日お前が夢に出てくるんだ。毎晩だよ」と、微笑を浮かべて言いました。
 夢の内容はよく覚えていないけれど、私が毎晩夢に出てきたことは今までに一度もなく、不思議に思っているとのことでした。
 以前にも別の記事でお伝えしたように、人は睡眠中に霊体と肉体をつなぐシルバーコードが緩み、意識が霊体に移ります。そして、天国を訪れます。目的は様々で、先に他界した人と再会することもあれば、霊的ガイドから現在抱えている問題に必要なアドバイスをもらうこともあります。その場合、夢でその答えを見たり(比喩的に表現される)、寝起きにそれまで悩んでいたことの回答が、直感的にもたらされることがあります。
 そして、最大の目的が死後の世界に予め慣れておくためです。人間の物質的な脳の機能では、広大な霊の世界の記憶をとどめておくことはできませんが、睡眠中の天国体験はしっかり潜在意識に記憶されます。そして死後、霊的覚醒と共に徐々に思い出していき、自分がおかれている環境が、初めて来たところではないことに深い安堵を覚えます。人は毎晩のように死を体験しているようなもので、死を恐れる必要は全くありません。
 今思えば、父は毎晩死後の準備をしていて、父よりも霊的知識に詳しい私が睡眠中に霊の世界で父に会い、天国での生活の準備のお手伝いをしていたんだろうと、直感的に感じます。
 結局その時が、父と地上世界で交わした最後の会話となりました。父は霊的な意識レベルで地上人生の終焉を察知し、私に「顔をみながら」と指定して連絡をくれたのでしょう。
 実は、父は私にとって子供の頃から理解に悩む難しい存在でした。どちらが良い悪いの問題ではなく、私たちは性格の面で大きくかけ離れ、父の考え方、周囲の人への接し方、その他多くの言動に私は子供の頃から戸惑い、反発し、脅威にさえ感じていました。
 父の立場に立てば、勉強も運動も大して優秀ではなく、感情をよく内に秘めていた私という人間が理解しがたく、理想の子供ではなかったのだと思います。父の口から洩れる言葉は、常に私に対する失望でした。
 「お前にはできない」「お前には無理だ」「全く期待していない」「俺に恥をかかせるな」と子供の頃、父から繰り返し投げかけられた言葉は、私が人生や私自身を極度に否定的に考える心を植えつけました。
 私は父の自分に対する否定的な言葉や評価を素直に受け入れたばかりに、自分という人間の価値を非常に低く見積もり、自分の能力や人生の可能性に多くの制限を加えつつ、成長しました。
 私には長い間、自分が傷つけられても自分の中の悪いところを探し続け、自尊心のかけらも持てず、自分が嫌いで自分を大切にしない時期がありました。
 誰にとっても子供の頃、親はとても大きな存在で、良くも悪くもその人生観から多大な影響をうけます。しかし、どんなに立派そうに見える親も、人生の全てを理解しているわけではありません。
 霊的視点から親という存在を見れば、親もまた、霊的成長を目的として生まれてきた一人の魂です。克服すべき弱点をいくつも抱え、何度も失敗と葛藤を繰り返し、人知れず悩み、苦しみ、涙を流し、癒しを必要としている存在です。もし完璧であれば、地上に生まれてくることもありませんでした。親子には、家族内で力関係が存在しても、魂に上下関係はありません。子は親の人生観の限界を、超えていかねばなりません。
 父もまた、霊的成長途中の魂なのだと理解した時、私の中で父への許しと、心の癒しが始まりました。劣等感を感じていること、勇気を出せなかったこと、過去の失敗した言動など、そうした部分もある自分という人間を完全に受け入れて肯定し、心と体を日々こよなく愛していくと、大切なことを発見できます。
 それは人生はいくつになっても、他人にどう思われるか、どう評価されるかが大事なのではなく、自分が自分をどう思い、どう扱うかが何よりも大事なのだということです。
 子供は、霊的な意識レベルで、自分の霊的成長に最もふさわしい親を選び生まれてきます。私は性格が相反する父を選び、その摩擦から悩み、苦しみ、深く考えたことで多くを学びました。
 今はただ、父が一生の中で数々の困難に直面しつつ、それらの全てを勇気を持って見事に乗り越え、最期は病気に苦しみながらも地上人生を立派に卒業したことを、心から祝福したいと思っています。そして、感謝の気持ちをひたすら伝え、地上とは比較にならないほど生命力にあふれた天国で、笑顔で幸せでいてほしいと祈るばかりです。 
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厳しい人生だからこそ、自分に優しく

 死と呼ばれる現象は、生きる世界の次元が変わる現象にすぎず、霊的存在である私たちは常に、前進、向上、進化を目的として永遠に生きる宿命にあります。実際に、霊的進化・向上のため、死の直後に早速、それまでの人生を回顧する機会が待ち受けています。
 目の前に映像が映し出され、地上人生で関わった全ての人との間で、自分の言動がどのような影響を与えたのか、相手の立場に立ってその人の感情を全て感じつつ振り返ります。
 いくつもの霊界通信や交霊会で、人生の回顧の際、周囲の人に横柄な態度で接してきた人は、必ず深い後悔の念に苛まれる様子が多く伝えられています。家庭内であろうと組織内であろうと威張るということは立場に関係なく、霊的に大変愚かな行為なのです。なぜなら人間は皆、神聖なる霊的存在であり、威圧してはならず、敬意をもって接するべきだからです。
 横暴な言動、あらゆるハラスメント行為、詐欺、窃盗、陰湿ないじめ、誹謗中傷、嫌がらせ等、その数が多いほど、死後、人生を回顧した時、ひどい後悔の念に苛まれます。
 霊体そのものが感情体でもあり、地上の時とは比較にならないほど意識が大きく膨らむため、霊の世界の後悔の念は、大きな苦痛になります。反対に、普段から当たり前のように周囲の人に善意で接してきた人は、人生を回顧した際、深い愛に満たされ至福の時となります。
 本来、人は良心という絶対に間違わない心の指針を携えているのですが、霊性の低い欲望や利己性が良心をこえてしまうと、大きな過ちにつながります。また、死後に待ち受ける人生の回顧は、霊的法則により自分の言動は、良くも悪くも全て自分に返ってくることを学ぶ機会にもなります。それさえ知っておけば、人間は自身の言動にもっと慎重になり、誰かを意図的に傷つけるようなことはしないはずです。それは、結局は自分を深く傷つけることにつながるからです。
「自分がされて嫌なことは人にもしない」「自分がしてほしいことを人にもする」と世界中で子供たちは親や先生に教えてもらいます。この尊い教えをみんなが守ったら、世界はどれだけ暮らしやすくなるでしょう。
 人生は、誰にとっても決して優しくありません。地球は大きな苦難を伴うこともある魂の学校で、多くの未熟な部分を持った何十億もの人間が肩を寄せ合って生きているため、人生は子供にとっても大人にとっても、十分に厳しいものです。
 だからこそ傷つけあうのはやめて、できるだけお互いに優しくして助け合わないといけません。それは人に対してだけでなく、自分に対してもです。私たちは日常の雑事に追われ、自分の心と体をいたわることを忘れがちです。自分のことを後回しにする人もたくさんいます。
 でも、あなたという人は、この宇宙で唯一無二のかけがえのない、神聖でとても貴重な存在なのです。今日という日を、笑顔で元気でご機嫌に、希望を持って楽しく生きてくれることを世界は必要としています。
 だから、私は自分の心にも毎日語りかけていますが、今、困難な時を過ごされている方にも同じ言葉をかけたいのです。何があっても、自分に優しい言葉をかけて、どんな時も自分をひたすら励まして、今日より明るい明日が来ると信じぬきましょう。つらい過去があるなら、過去に引きずられないよう、また許せない人がいるのなら、その人にあなたの貴重な心を支配されないよう、楽しいこと、好きなことをやる時間を大切にして今この瞬間を笑って過ごしましょう、と。
 人生を怖がったり、誰かを恐れるのはもうやめて、肩の力を抜いてもっと気楽に堂々と構え、霊的存在である自分が、物質世界に過ぎない地上の出来事など、乗り越えられないわけはないと自分を常に信じられたら、必ず何事も乗り越えられます。大丈夫です。
 皆さんが、毎日を元気に笑顔で過ごされることを心から祈りつつ、この辺りで手を止めます。
今日も最後まで希望発見ブログをお読みいただき、本当にありがとうございました。
Your spiritual friend,Lani

参考文献:シルバーバーチの霊訓(潮文社)、ベールの彼方の生活(潮文社)、インぺレーターの霊訓(潮文社)、こころが安らぐ本(大和書房)、こころが満たされる本(大和書房)、私はできる!(サンマーク出版)、すべてうまくいく(角川書店)、スピリチュアルパワーに目覚める10の秘密(PHP)、人生をもっと幸せに生きるために(河出書房新社)、パワーオブ・ザ・ソウル(JMAアソシエイツ)、死別の悲しみを癒すアドバイスブック(筑摩書房)、ワイス博士のストレス・ヒーリング(PHP)

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