希望発見ブログLooking for HOPE

心を癒す旅 ~もっと楽しく、もっと気楽に。

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つらいのはあなただけじゃない*吉田松陰から西郷隆盛まで・幕末の志士達の命の名言と生き方

 世界中の人々が今まで味わったこともないような恐怖や忍耐を強いられているコロナ禍はある意味、私達に時代の転換期を告げています。この試練を乗り越えた時、私達の生活は新しい時代を迎えることでしょう。
 今からおよそ150年余り前、江戸から明治へ、日本史上最大とも言える大きな時代転換期がありました。それは同時に多くの若き命が日本の未来の幸せを心底願いつつ、非業に倒れ散っていった時期でもありました。混迷の時代に日本に生きた人達は、日々何を思い、どう試練を乗り越えたのでしょう?
 今日は幕末の動乱にたくましく生き、徳川幕府を倒す原動力となった吉田松陰、高杉晋作、西郷隆盛、坂本龍馬の言葉や生き様をご紹介します。何度転んでも立ち上がり、勇気を振り絞って行動し続けた先人の言葉にそっと耳を傾けてみましょう!きっと希望が見つかるはずです。

永遠の先生・吉田松陰の人を再生させる方法

 今も地元の方に松陰先生と尊崇されている吉田松陰は、非常に思いやり深く、優しい人として知られています。叔父から受け継いだ松下村塾では、身分を一切問わず門人を受け入れ、武士の子であろうと町人の子であろうと、分け隔てなく平等に接しました。塾では一人一人の長所を的確に見いだし、褒めて伸ばすことに重きを置きました。そして、門人には一度も怒ったことがなく、常に丁寧な言葉遣いをしていました。彼の塾生には吉田稔麿、高杉晋作、久坂玄瑞、山県有朋、伊藤博文などそうそうたる顔ぶれがいます。
 吉田松陰が国禁を破りアメリカ艦に乗り込み刑に処されたことは、よく知られています。彼は獄中でただ嘆き悲しんでいたわけでなく、読書に耽り、特に歴史書をよく読みました。彼はまた、獄中で他の囚人の長所を見つけては、褒め称えました。何かの分野に詳しい人がいると、その人に先生になってもらい、松陰自身を含め他の皆は生徒に徹しました。皆で学び合ったのです。
 それまで他者からさんざんな扱いを受けてきた囚人も、松陰に褒められ、皆の先生の立場に立つことで、自らを律します。こうして松陰は何人も改心させていきました。牢獄という絶望の中にいた人達にとって、褒められる、ということが、自分の中に希望を見つけるきっかけになったのです。中には後に松陰に請われ松下村塾の先生になった人もいました。
 吉田松陰の生涯は29年間でした。死の直前、「短い生涯にも春夏秋冬がある、悔やむに足りない」と言った彼は、かつて弟子にこのような言葉をかけました。
「志を立てるためには、人と異なることを恐れてはならない。世俗の意見に惑わされてもいけない。目前の安楽は一時しのぎとしれ。百年の時は一瞬にすぎない。君達はどうかいたずらに、時のすごすことのないように」 

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「困った」という言葉は使わない*天才策士・高杉晋作  

「おもしろき こともなき世を おもしろく・・・」と詠んだのは吉田松陰の門下生でもある長州藩士高杉晋作です。天才革命家と呼ばれた彼は27歳の時、肺結核により昏睡状態に陥りました。その知らせを聞いた仲間が高杉の枕頭に集まります。彼は不意に目を覚まし筆を要求すると「おもしろく・・・」と上句まで書き終えたところで力つき、筆を落としました。
 するとそばで看病してた女流歌人の野村望東尼が「すみなすものは 命なりけり」と下句を付け加え、高杉晋作の辞世の句を完了させました。高杉は「おもしろいのう」と言った後、最期の吐息をはきこの世を旅立ちました。
 彼は激しい身分制度にあった江戸時代に、武士だけでは国を守れないと判断するやいなや、階級を一切問わず兵を集め奇兵隊をつくりました。そしてクーデターを起こし成功させ倒幕へ大きな原動力となりました。とても身分の高い武士であった高杉晋作がやったことに大きな意味があり、それは結果的に、武士社会の終焉と自由や平等という先進的な思想にもつながりました。
 坂本龍馬の腹心で維新後、名外務大臣と称えられた陸奥宗光高杉晋作からこんな言葉を聞いていました。
「どんなことでも周到に考え抜いた末に行動し、困らぬようにしておく。それでなおかつ窮地に落ちた場合でも、‟困った”とは言わない。困った、と言った途端、人間は智恵も分別も出ないようになってしまう。そうなれば、窮地が死地になる。活路が見いだせなくなる。人間、窮地におちいるのはよい。意外な方角に活路が見出せるからだ。しかに死地におちいれば、それでおしまいだ。だから俺は、困ったとはいわない」
 常識にとらわれない柔軟な発想と自分を追い詰めすぎない思考法を、現代に生きる私達も見習いたいですね。

夢は大きく持て!劣等感を乗り越え自分を信じ続けた坂本龍馬

「もし天がこの地上に高杉を生まなかったならば、長州は今頃どうなっていたかわからない。今日の天下の情勢の一半は、高杉がつくったものなのだ。」
 こう高杉晋作を高く評価し、高杉と共に幕府に対抗した戦友でもある坂本龍馬の生き方や言葉も勇気を与えてくれます。彼は幼少の頃からもの覚えがとても悪く、泣き虫でいじめられっ子でした。塾の先生でさえ、「手に負えない」と言って親につき返したほどです。それゆえ、龍馬は子供の頃から自分に劣等感を持ち、教育者に強い不信の念を抱いていました。
 そんな龍馬に3歳年上の姉(乙女)が救いの手を差し出しました。剣によって心身を鍛え世に出る道筋をつけたのです。めきめきと腕を上げた龍馬は少しずつ自信をつけ、やがて江戸へ留学します。
 日本の歴史は男性ばかりが注目されがちですが、つぶさに見つめてみると、いかに多くの聡明で闊達な女性達によって支えられてきたか、ということを見逃すわけにはいきません。龍馬の燃ゆる心を表した句があります。
「世の人は我を何とも言わば言え、我が為すことは我のみぞ知る」
 彼が育った土佐藩は武士階級が上士と下士に分けられ、龍馬は下士に属しました。下士とは、西暦1600年の関ヶ原の戦いまで土佐藩を治めていた長宗我部氏の遺臣たち、つまり元々いた地元民です。長宗我部氏は東軍の徳川家康に敗北し、土佐から追い出されました。代わりに入ってきたのは、山内一豊です。山内家と共に入藩した家臣が上士と呼ばれる高い身分になりました。
 江戸期を通じてこの身分制度は続き、上士が下士を切り捨てても一切罪に問われなかったり、上士が前から歩いてきたら、下士は膝をついて道を開けねばならないなどという非道なルールが他にもたくさんありました。こうした屈辱的な想いを先祖代々受け継ぐ下士の家に生まれた坂本龍馬が、やがて窮屈過ぎた土佐藩に見切りをつけ、脱藩したのは無理もありません。彼の思想はとても豊かだからです。

 「人の世に道は一つということはない。道は百も千も万もある」
「人の事跡を慕ひ、人の真似をすることなかれ」
「世にいきたるもの皆衆生なれば、いずれを上下とも定めがたし。今世のいきものにては、ただ我をもって最上とすべし」
「義務などは夢にも思うことなかれ。身を縛らるるものなり」
「恥ということは打ち捨てて、世のことは成るべし」
「人間、好きな道によって世界を切り拓いていく」

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 つらい時こそ、読書が人生を支える*無私に希望を見いだした西郷隆盛

 私は20代の中頃から歴史小説の魅力に心奪われ、例えば5分でも時間ができれば、その時間をかすめとるようにページをめくり、時に150年前に戻り、また時には800年前に戻ってその時代に生きた人達の人生や命の意味について真剣に考えるようになりました。
 ちょうどとてもつらい時期を過ごしていた時で、比べては大変失礼ですが、吉田松陰が獄中にも関わらず歴史書を読んでいたことを知り、また薩摩の西郷隆盛も、二度の島流しにあった際、大の読書家になり、どういう人間が大きなことを成し遂げられるのか深く考え続けたことを知り、勝手ながら親近感を覚えました。彼らは不遇の時でさえ、決して時間を無駄にせず、読書によって自己研鑽に努めていたのです。
 そんな西郷隆盛が好んで使った有名な言葉が、天を敬い人を愛するという意味の「敬天愛人」です。魅力的な言葉が魅力的な人格を作り上げる、まさにその象徴ですね。また彼の無私の精神は多くの人々を魅了しました。
「命もいらず名もいらず、官位も金も要らぬ人は、始末にこまるものなり。この始末にこまる人ならでは、艱難(かんなん)を共にして国家の大業は成し得られぬものなり」
 
権力やお金で人を集めるのではなく、生き方そのもので人を集めた彼は素晴らしい財産を得ました。それは自分の元に集まった人の分だけ生きる智恵を結集できたことです。すると、それまで誰も考えつかなかった斬新な発想が生まれます。また、智恵が集まる最高の利点は、自分自身も成長できるということです。
 逆に言えば、威張っている人や傲慢な人には、周囲の人は誰も心を開かず、いざという時力になってくれません。誰も近づかないから、智恵もわかず、その人自身も成長できません。
「自分のことだけじゃなくて、みんなことを考えるんだよ」人生で大切なことは、今も昔も変わりません。

歴史という財産*ここでくじけるわけにはいかない

 歴史は私達一人一人が生まれながらして与えられた共有の財産です。このありがたい財産に目を向ければ、いつでも勇気や希望がわいてきます。
 歴史はまた、困難は誰にでも起こることを教えてくれます。自分だけがつらいわけではなく、150年前に生きた人も、400年前に生きた人にも1000年前に生きた人にも、耐え難い苦しみ、怒り、悲しみ、不安がありました。それでも何とか命を繋いできてくれました。
 だからもし、 「いったい自分はこの先どうなってしまうんだろう」と不安に押しつぶされそうになったら、みんなそうやって戦ってきたんだ、つらいのは自分だけじゃないんだ、こんなことで挫けるわけにはいかないんだ、と自分を奮い立たせましょう。大切なことは・・・

出会いを大切にし、常に優しい態度と言葉を心掛ける。
人の良いところを見つけ、褒め言葉をかけ良い人間関係を育む。
意見の異なる人を排除するのではなく、自ら一歩寄り添い耳を傾ける。
年齢に関係なくできるだけ大きな夢を常に持つ。自分らしさを大切にする。
自分ならできる、やれるのだと信じぬく。絶対にあきらめない。


 物事がうまくいなかった時、自分を信じ、自ら積極的に順応した人達が、それぞれの時代をたくましく乗り越えてきました。彼らは失敗をより良い手段や進むべき道がある合図だと受け止め、失敗のままで終わらせませんでした。
  今日よりも少しでも明るい明日に。今よりも少しでも良い世の中に。いずれ歴史のしずくになる私達もまた、先人の思いを心に留め、希望を持って力強く歩んでいきたいものです。

今日も希望発見ブログを最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
Your spiritual friend,Lani

参考文献等:司馬遼太郎が考えたこと(新潮文庫)、世に棲む日(文春文庫)、竜馬がゆく(文春文庫)、その時歴史が動いた(NHK)

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