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心を癒す旅 ~もっと楽しく、もっと気楽に。

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霊的真理(スピリチュアリズム)、瞑想、歴史、名言、旅行、子育て、エンタメ、心の癒し。様々な分野から、楽しく楽観的に生きるための希望を見つけ、ご紹介しています。

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アメリカ先住民ナバホ族の実像*暗黒の歴史と現実のはざまで

  アメリカにはいくつもの先住民が各地に居住区を持ち暮らしています。その中でもナバホ族はアリゾナ、ユタ、ニューメキシコ州にまたがる広大な地域に「ナバホ ネーション」と呼ばれる居住区を持ち、およそ23万人が暮らしています。これは、全ての先住民の中でも最大規模を誇ります。
 この居住区は独自の政府を持ち、国連にも代表を送っているほどの独立性を持っています。首都はウィンドウ ロックといい、国旗もあります。
 今回は、日本ではあまり知られていないナバホ族の人々の自文化への想い、苦難の歴史、自然との深い関わりなどをお伝えします。

参考文献:「ナバホへの旅 たましいの風景 河合 隼雄(朝日新聞社)」「アメリカ先住民を知るための62章 阿部 珠理(明石書店)」

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ナバホ語が話せない!ナバホ族の葛藤

 私が初めてナバホ族と出会ったのは19歳の頃、アメリカの大学に留学した時でした。大学内にいくつも点在する寮の名前は、全部「ホピ」「アナサジ」「コチセ」など先住民の部族名が付けられていました。
 驚いたことに、ルームメイトの一人が先住民のナバホ族の人でした。最初に自己紹介した時、どこかアジア人に似ているな、と妙な親近感を覚えました。
 それ以来、それまで全く知らなった先住民について興味が湧きました。幸い大学内には、アメリカ先住民の各部族を紹介した博物館があり、そこで民芸品も売っていたりして、基本的なことを学べる環境にありました。 
 部屋にはルームメイトの友人がよく遊びにきました。皆、ナバホ族です。ある日曜日の朝、その中の一人に相談があるから一緒に食事にいかないか、と誘われました。
 大学のカフェテリアで一緒に朝食を食べ始めると、彼は深刻な顔つきで話し始めました。
「俺達、ナバホ語がほとんど話せないんだ。このままじゃ大切な文化がなくなってしまう。どうしたらいいと思う?」
皆さんならどう答えますか?19歳だった私は即座に「だったら今からでも勉強すればいいんじゃない?」と答えました。
(シーン・・・)
 2人の間に長い沈黙が流れました。きっと彼はもっとじっくり考えてから答えて欲しかったと思います。
 話を聞くと、小学校でナバホ語を教えているところもありますが、自宅で見るテレビは英語ばかりで、ナバホ語は年々消えつつあるといいます。かつてはナバホ語を学校で使うとアメリカ政府から厳しいお咎めがあったそうです。
 複雑なのは、テレビに映し出されるアメリカ文化は、若者たちにとても魅力的だということです。実際、ナバホ族のルームメイトの生活ぶりは服装にいたるまで、もう1人のアメリカ人ルームメイトと何ら変わったところがありませんでした。アメリカ化が進んでいるのです。
 ただ、ナバホ族にとってアメリカ政府や英語に対してただならぬ思いもあります。ナバホ語はアメリカ軍によって戦争に利用されたこともあるからです。
 第二次世界大戦中に日本の硫黄島を攻撃する際に、ナバホ語はアメリカ軍が前線と司令部をつなぐ暗号として使用されました。ナバホコードと呼ばれ、日本軍は全く解読できませんでした。
  ナバホ語を戦争に利用されたナバホ族の人々には、自分達が使う英語に対しても戸惑いを感じる理由があります。英語は、先祖に凄惨な迫害を与えた西洋人の言葉でもあるのです。
 ナバホ族には先祖代々言い伝えられてきた暗黒の歴史があります。次にその苦難の道を簡潔にご紹介します。

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「ロング ウォーク」ナバホ族が乗り越えた歴史

 1864年のことでした。ナバホ族はアメリカ軍により突如一網打尽に捕らえられます。アメリカ軍のカールトン将軍がナバホ族の居住地域に「金」がたくさん埋蔵されていると信じ込んでいたためです。
 彼らは住処を焼かれ、子供達はさらわれて奴隷として売られました。
 ナバホ族ははるか遠い地域に強制連行され、その過程をロング ウォークと言います。ロングウォークは餓死や凍死、虐殺で多くの死者を出しました。
 ナバホ族は最終的に生き残ることができましたが、先住民の中には同じような理由で絶滅した部族もあるほどです。 
 そんな身の毛もよだつような暗い歴史を先祖代々言い伝えてきたナバホ族の人々ですが、西洋人に対する鬱屈した思いと、アメリカ化せざるをえない現実とのはざまで、失われつつある独自の文化・言語を守ろうと懸命に活動し続けている人々がいることも事実です。

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自然あってこその私達*自然を愛するナバホ族

 ある朝ベッドルームからでると、リビングに10名ほどのナバホ族の人でいっぱいになっていました。ルームメイトの家族が来ていたのです。背の高いお父さんは髪が背中までありました。
 そう言えば、西部劇に出てくる先住民の男性も髪が長いことを思い出し、思い切ってその理由を聞いてみました。なんで髪を伸ばしているのですか、と。
 すると「長い髪は雨を表しているんだよ」とにこやかに答えてくれました。自然と深いつながりを持つ生き方を先祖代々続けて来た先住民にとって雨はとても大切で、なくてはならないもの。雨に感謝し、髪を雨に見立て、祈るような気持ちを込めて伸ばしていたのでしょう。
 以前アメリカ中西部で、史跡発掘が専門の教授が企画したツアーに参加したことがあります。西洋人がアメリカに来る遥か昔に先住民が描いた岩絵や史跡を巡るツアーで、道なき道を車で進み、参加者全員で手をつないで腰まで水に浸かりながら川を渡ると、人がほとんど踏み入れたこともないだろう大自然のど真ん中に上の写真のような岩絵がありました。
  中には高さ数メートルもある岩の塊の上に、数十名もの古代先住民の人骨が発見された場所もありました。
 彼らは深い大自然に抱かれながら、暮らしてきました。自然を敬い、自然の中に神々を見いだし、先祖を敬ったのです。それは私達日本人の先祖ととても似通った生き方です。
 自然の中に暮らしていた人間は、霊的な能力が現代人よりも格段に優れています。例えば、オーストラリアのアボリジニーやアフリカのマサイ族は、かつて何キロも離れた人とテレパシーでコミュニケーションを取っていたことが知られています。
 ナバホ族には、メディスンマンといって神聖な「ビジョン」を受け取る人がいました。訓練を受けて晴れてメディスンマンになった人は、夢で得たビジョンであったり、実際に霊的な目で得たビジョンを人々に伝え生きる指針にしてきました。
 ビジョンと言うと嘘っぽく聞こえますが、古代人ほどの力はなくても、現代の私達も毎日のように受け取っています。夢のビジョンはもちろん、感情や直感で受け取る場合もあります。
 鋭い直感や真の心の安らぎは、たくさんの電子機器やコンクリートに囲まれた現代人の私達にとって、疎遠になりがちです。ナバホ族のように自然の中に身を置いてこそ得られるものです。

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ナバホ族の美しい祈りの詩

自然との深い繋ながりが伝わってくるナバホ族の詩です。

私が歩く時、世界も共に歩く

美しい世界が、私の前を行く

美しい世界が、私の後ろについてくる

美しい世界が、私の足元に続く

美しい世界が、私の頭上に広がる

美しさは周りの全てにある

歩く時、私は美しさと共にいる 

アメリカ先住民を描いた映画のご紹介

 最後に、アメリカ先住民に興味がある方に、映画を2つご紹介します。もう古いのでレンタルでも100円から200円で観られるはずです。
 私が大好きなのは『ラスト オブ モヒカン』(1992年)。舞台は1757年のアメリカで、イギリスとフランスが戦ったフレンチ インディアン戦争の中、武器を持って戦わざるを得なかった先住民の姿が描かれています。ある民族はフランス側、またある民族はイギリス側というふうに。
 この映画は実際にアメリカ先住民の俳優が出演し、監督は名匠マイケル マン、 アカデミー賞を3度受賞した名優ダイエル デイ ルイスが、絶滅寸前のモヒカン族に育てられた白人を演じています。
 とても感動的で、私の中では常にベスト3に入る映画です。


 もう1つは、ケビン コスナーが監督・製作・主演し、アカデミー賞7部門を受賞した『ダンス ウィズ ウルブス』(1990年)。この映画はそれまで常に悪役ばかりだった先住民の姿を、白人との心の交流を描くことで『人間』として描いた画期的な映画です。壮大な自然風景も圧巻です。

興味ある方は観てみて下さい。
今日も希望発見ブログをお読みいただき、ありがとうございました。
Your spiritual friend,ラニ

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