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心を癒す旅 ~もっと楽しく、もっと気楽に。

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霊的真理(スピリチュアリズム)、瞑想、歴史、名言、旅行、子育て、エンタメ、心の癒し。様々な分野から、楽しく楽観的に生きるための希望を見つけ、ご紹介しています。

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衝撃の明治時代!*明治時代の小説を読んで学ぶ‟激変”の人生を生き抜く順応力

 明治時代はペリーが浦賀に来航してから15年後の1868年に始まり、タイタニック号が沈没した1912年まで続きました。その間、廃藩置県があり、西南戦争、日露戦争もありました。日本からブラジルに初めて移民783名が神戸港から渡ったのも明治時代です。
 明治は欧米の政治・社会制度をどんどん取り入れ、明治女学校が設立されるなど、日本が近代化への幕開けを果たした‟激変”の時代でもあります。
 人々はめまぐるしく変わる社会情勢や慣れない環境に順応し、たくましく生き抜きました。今回は、明治時代に生きた人々のお話と明治の様子がよくわかる小説をいくつかご紹介します。

明治村 2010-01

歴史を胸に*青森八甲田山での出来事を描いた新田次郎著【八甲田山死の彷徨】

 私は20代の頃、日本各地を旅行で訪れるようになりました。その時、各地の歴史や文化を学ぶため参考にし持ち歩いていたのが、司馬遼太郎さんの【街道をゆく】という紀行本です。
 司馬さんが青森県を訪れた際に書いた本の中に、街道をゆくシリーズの41巻『北のまほろば』があります。その中に私に衝撃を与えた明治時代の出来事が書かれていました。それは明治35年、青森県にある名山・八甲田山で起きました。
 日本陸軍最強と言われた青森歩兵第五連隊の中隊210名が猛吹雪に遭い、三昼夜に渡って孤立し、199名の尊い命が凍死により失われたのです。
 このことを知った時、日常生活や旅行先でふと目の前を過ぎていく風景や踏みしめる日本の大地の上には、いったいどれほどの尊い命と懸命に生きぬいた人々の想いが積み重なっているのだろうと思いました。
 何も知らずに新たな土地を踏むことはできない、もっと歴史を学ばないと、という思いにかられ、学生時代勉強が大嫌いだった私は、歴史に対する見方が変わりました。
 199名の方は、亡くなる直前まで家族や故郷をひたすら思い続けたことでしょう。それから2年後に勃発した日露戦争ではさらに多くの人々が亡くなりました。
 それまで私が勉強嫌いで無知だったこともありますが、歴史を身近に感じると、今この瞬間にこうして生きていることに対し、強烈な感謝の気持ちが湧き上がってきます。
 八甲田山の出来事を克明に描いた小説があります。気象庁で技官を務めたこともある小説家新田次郎さんの『八甲田山死の彷徨』です。人は時に脅威となる大自然にどう向き合えばいいのか。先人の尊い人生から学べる小説です。
  この作品は高倉健さん主演で映画化もされました。

病苦に負けず・・・正岡子規が見た風景*司馬遼太郎著【坂の上の雲】

『柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺』

「知ってる?この俳句、正岡子規っていう人が作ったんだよ!柿が季語で、秋を表しているんだよ」
 と1学期の終わりに、小学生の息子が得意気に言いました。
 野球が大好きな息子に「『野球』っていう言葉は、正岡子規がベースボールを日本語に訳したと言われているんだよ」と伝えると、「そうなの⁉」と目を瞠って驚き、以来正岡子規に親しみを感じ大好きになりました。彼は法隆寺に行きたがっていますが、私は子規の故郷の愛媛県松山市に魅かれています。
  俳句、和歌に大変革をもたらした正岡子規は明治に生きた人です。正岡子規が奈良・法隆寺を訪れたのは、1895年(明治28年)10月26日。現在も10月26日は、正岡子規の俳句にちなんで【柿の日】になっています。
 正岡子規のことを描いた小説に、司馬遼太郎さんの『坂の上の雲』(全八巻)という作品があります。ちょっと長めですが、この作品はNHKでドラマ化されたので、ご覧になった方もいらっしゃると思います。 原作に忠実で演技も大変素晴らしく、明治時代がとてもわかりやすく描かれたドラマでした。
 作品の主人公は、正岡子規以外にも2人いて、陸軍で騎兵隊を創設した秋山好古、好古の弟で、海軍で作戦立案の中心的人物だった秋山真之です。
 テレビドラマでは兄・秋山好古を阿部寛さん、弟・秋山真之を本木雅弘さん、正岡子規を香川照之さん、子規の妹・律を菅野美穂さん、子規の母親を原田美枝子さんが演じていらっしゃいました。 
 明治時代を感じる余話として付け加えたいのは、子規の妹・律は、病気による激痛に苦しむ子規を何年も献身的に看病し続けました。子規が亡くなった時(明治三十五年)、32歳だった律は、自分よりずっと若い子達に交じり共立女学校に入学し、卒業後、同校で教鞭をとりました。
 今日は明治時代のことを書いていますが、こうして使用している文章日本語も明治時代に近代化されました。その原動力となった一人が正岡子規です。彼が34年の生涯で成し遂げたことはとても偉大です。私を含めたブロガーの皆さんや小説を愛する人は、正岡子規に日々感謝しないといけませんね。

夢をあきらめないで*不撓不屈の作家樋口一葉を描いた鳥越碧著【一葉】

  明治時代に生きた人物で、忘れ去られてほしくない人が日本最初の職業作家とも言われる樋口一葉です。正岡子規よりも5年前の1827年(明治5年)に東京に生まれました。
 樋口一葉は現在5千円紙幣の“顔”ですが、2024年に津田梅子に変わるそうです。ちなみにみんな大好き一万円紙幣の福澤諭吉は渋沢栄一に、千円紙幣の野口英世は北里柴三郎に交代です。
 樋口一葉は明治二十二年、18歳の時、父親が事業の失敗で破産しました。一葉は極貧の生活の中小説で志をたて、『たけくらべ』『にごりえ』を発表したことで知られています。
 人の人生にはたとえ短くとも春夏秋冬があると言います。一葉は明治二十九年、24歳の時に結核で亡くなりました。夏目漱石は一葉の死後、一葉全集を購入し、『たけくらべ』に深く感嘆したそうです。
 鳥越碧(とりごえみどり)さんの小説『一葉』には極貧の生活に耐えながらも、希望の炎を絶やさず懸命に生きる一葉の姿が描かれ、24年間の春夏秋冬を感じることができます。

激変の時代を生き抜くための順応力

 この他にも同じ鳥越碧さんの著書で『漱石の妻』や前回ご紹介した葉室麟さんの著書『蝶のゆくへ』など、明治時代に生きた人々を描いた素晴らしい小説があります。
 誰かの人生を通して時代を見つめ、普段当たり前だと思っていることに感謝することの大切さを思い出させてくれるところに、私は歴史小説の魅力を感じます。
 今日という一日は、先人達が懸命に残してくれた24時間でもあります。もっと生きたくても生きられなかった人もいました。
 慣れない環境に身を置いたら、自ら積極的に順応しようとすること、何かを始めるのに遅すぎることはないこと、どんなに絶望的に思えても絶対に夢をあきらめないこと。激変・激動の明治時代を生き抜いてきた人々の人生には、たくましく生きる知恵と希望がつまっています。
 
 今日も希望発見ブログをお読みいただき、本当にありがとうございました。
 心から感謝しています。
 Your spiritual friend,ラニ

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