この世に霊的知識ほどためになるものは他にありません。霊的知識こそ、無知から悟りへ、暗黒から光明へと導いてくれる最高の人生指針です。
グラディス オズボーン レオナード
生命とは霊であり、霊とは生命である
前々回からお伝えしている【霊的知識があなたを助ける】の記事では、霊的無知によって地縛霊となった人たちが、霊的覚醒後に天国の凄まじくも美しい風景を見て、驚嘆の声をあげる様子をお伝えしました。
私たちは地上人生を送る間、霊的視力を持たず物的な身体の視力だけに頼って生きているので、自分たちのすぐ周囲に広がる宇宙の本当の美しさや神秘的な霊的世界の実像について、何も知らずに日常生活を送っています。
記事を読んで下さった方の中には、人は天国でも家に暮らし、周囲に丘や歩道、湖があり、きれいな花々も咲きみだれるなど美しい自然環境が広がっていることから、「天国は地上の写しのような場所だ」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。しかし霊的事実はその逆で、地上世界こそ天国の写しのような場所なのです。そこには霊と物質(世界)の歴然とした以下のような関係があります。
生命が存在するところには、必ずそこに生命活動を支える霊の力が存在します。ここでいう霊とは、霊的存在である神(宗教的な擬人化した神ではない)が生み出す無限かつ永遠の生命力であり、宇宙の全ての森羅万象の根源となる力です。
それは決して破壊されることも衰退することもなく、恒久的に存在し続けます。この宇宙で霊の力なしに、いかなる生命も存在することは不可能です。
人間が死後も別次元の世界で生命活動を営むことができるのは、私たちは全員が神の分霊で、永遠の身体である霊体を持っているためです。また、私たちの心臓が毎日鼓動を繰り返しているのは、生命のひも・シルバーコードで霊体と肉体が一生の間つながっていて、霊体が肉体に生命力を供給しているからです。
霊的に死とは、そのシルバーコードが病気や事故などで切断され、霊体から肉体に生命力が供給できなくなることです。シルバーコードは一度切断されると、いかなる名医でも心臓の鼓動を復活させることはできません。しかし、霊体は怪我や病気の影響を一切受けず、常に生命力がみなぎっているため、人は意識を霊体に移して霊の世界で生きていくことができます。
霊が物質を支える関係は、天体にもあてはまります。地球のように星という物体が生命活動を行えるのは、それを支える霊の世界が存在し、たえず霊的エネルギーを供給しているためです。
なお、霊と物質の関係は、常に永続性のある霊が上でそうでない物質が下です。霊体が肉体を支配し、霊界が地上世界を支配しています。この霊的知識は、生命の実像を理解する上で大変重要です。
スパイラル(らせん)の原理が自然にも、人生にも
霊の世界・天国には、個々の霊的成長度に適合した生活の場(界層)が地球と幾重にも重なり合い、高くそびえています。無数にある界層は、エネルギーレベルの差異から互いに空間を占拠し合うことはなく、境界線もありません。
天国の最高位の界層からは、神の意念とされる強烈な霊的エネルギーが、下の界層に向かってスパイラル(らせん)の動きを伴いながら放射され、それが全ての中間層を完璧に秩序立って行き渡り、自然界のあらゆるものを形づくっています。
そして、スパイラル運動を繰り返しながら中間層を経て下降してきた霊的エネルギーは地上にも届き、自然界に物質的な形となって究極の表現として顕現しています。
神の意念である霊的エネルギーは、高い界層のほうが始源に近く濃密なため、天国は一部の低い界層を除き地上世界よりも何もかもが美しく、高い界層ほど光輝と美に満ちあふれています。
スパイラルの原理によって届く霊的エネルギーの影響を、私たちは自然界の身近なところに見つけることができます。たとえば、アサガオのつるはらせん状にのぼり、カエデの種子は、らせんを描きながら地表に落ちます。その他、ヒマワリやパイナップル、サボテン、貝、カタツムリなどには、らせん模様が形となって顕現しています。
様々な生物の動きや模様、植物の生長など、自然界に意識を向けると、スパイラルの原理によって届けられる霊的エネルギーの影響が、至るところに顕現していることを確認できます。
また、自然界の一部である私たち人間の内部にもスパイラルの原理が見られ、DNAは二重らせん構造になっています。もっと大切なことは、人間の霊的成長、すなわち人生そのものも、スパイラルの原理に影響されています。
人生は、大切な悟り(一定程度の霊的理解)を得るまで、一直線上にゴールにたどりつくわけではありません。何度も失敗したり思い悩んだり葛藤を繰り返し頬を涙で濡らしつつ、紆余曲折を繰り返しながら、少しずつ向上していきます。
その道中で霊性の低い我欲を克服し、高い部分である愛を発揮することによって、霊的進化のスパイラルの階段をのぼれるようになっています。
以前、科学の分野で著名な方が、「科学的には人生には全く意味がない」とか「人生に意味を求めるほうがおかしい」とおっしゃるのを聞いたことがありますが、生命の根源である霊の視点から人生を見ずして物質という極小の視点から人生を見つめてしまうと、自分は本当は何者なのか、何のために人は地上で人生を生きるのかという、生命活動の核心部分への理解を自分自身で難しくしてしまいます。
生命とは霊であり、霊とは生命なのです。これが人間を含めた宇宙の全生命の大原則です。
実例*つらいことがあっても、神を恨んではならない
次にご紹介するのは、神や人生への理解を霊的視点ではなく宗教的視点に頼ったばかりに人生に絶望し、死後、地縛霊になってしまった元牧師の男性(マローリー)の例です。彼は、たくさんの地縛霊仲間を引き連れ、リーダーのようにふるまっていました。
この男性を救うべく、ウィックランド夫妻(夫カールが精神科医、妻アンナが霊能者)が手を差し伸べます。カール ウィックランド博士が語りかける言葉は、霊的知識を深めていく上で、とても貴重です。
カール:ご自分の生命について、学ぼうとはしなかったのですか?
マローリー:生命?(笑いながら)そんなのたわごと。
カール:たわごとであるとどうしてわかるのでしょうか?あなたは自分で自分の無知を笑っておられるだけでしょう。
マローリー:どっちだっていい。私は一生懸命神に祈ったが全て無意味でした。私はかつて信仰を持ち、熱心に信じました。
カール:それからどうなりました?
マローリー:全てデタラメだとわかったんです。私は神の代理人(牧師)として奴隷のように働いたのに、気苦労と悩みが多すぎました。あの仕事が、妻と子供を私から奪い去りました。二人が亡くなって以来、神なんぞいないと思うようになり、信仰は捨てました。人は死んでしまえば、死人となるだけです。
カール:あなたはその信仰に、知識と理解を加えないといけないのです。あなた自身が物質でできた身体をなくしたということをまず理解してほしいんです。キリスト教会は、神について正しく理解していません。教会が説くことがデタラメだからと言って、あなたは何もかもデタラメだと決めつけています。人生にはちゃんと意味があることを理解しないといけません。
マローリー:神なんか存在しません。
カール:生命とは何かをもっと理解する必要があります。大自然の不思議に感動したことはありませんか?人体と心の不思議に無知のままでは知性は芽生えません。あなたはそれを宗教の中に見出そうとしたから、理解できなかったのです。教会は霊的真実を教えません。
マローリー:私は立派な人間になろうと思ったんです。
カール:あなたが信仰を盲目的に受け入れたのは、神が悪いのではありません。聖書は神がお書きになったものではありません。人間が書いたものです。今あなたは目に見えない愛や精神といったものの不思議がお分かりにならない。
マローリー:あの悪魔のような神が、私の妻を愛したとおっしゃりたいのですか?
カール:それは愛の問題ではありません。あなたがご自身の理性を使用せずに、教会を盲信したのがいけなかったのです。あなたにも、これから霊の世界で向上するチャンスが待ち受けています。しかしそのためには、まずその憎しみを捨てないといけません。
マローリー:そういうことを、なぜ教会は教えてくれないのでしょうか・・・。
カール:教会は勝手なことばかり教えています。霊的知識は人間が創造してはならないのです。どちらをとるかは、あなたの自由意思に任されています。宗教は人間が作ったものであり、一方で神とは霊的存在であり、目に見えない知的存在です。それが宇宙のあらゆる驚異的現象となって顕現しているのです。宇宙は神の神殿です。私たち魂もその顕現です。宇宙の不思議さに目を向けないといけません。
マローリー:ここにいる地縛霊仲間も私も、みんな挫折感を味わった人たちですが、本当に悩みから救ってもらえるのかと言っています。
カール:お救いしますとも。生命は素晴らしいものであることを彼らに伝えて下さい。そんなみじめな地縛状態でいる必要なんかないんです。神は一人一人に理性を授けて下さっています。あなた方は地獄を見てこられた。だから天国の素晴らしさがわかります。そこで、不幸な人を救ってあげなくてはという気持ちが強烈になります。皆さんは、より高いものへ心を開かないといけません。まわりをよくご覧になって下さい。霊の姿が見えるはずです。
マローリー:(次第に霊的に覚醒していき、霊体の目が開いていく)あれは・・・息子のチャーリーだ!ずいぶん前に死んだはずだが、間違いなくチャーリーだ!お父さんを助けにきてくれたのかい?(他界時よりも成長した姿に驚いて)すっかり大人になって!このお父さんを許してくれるかい?(さらに驚いた様子で)妻のクララじゃないか!君もいたのかい?今も愛している。ずっと忘れてないよ。
カール:チャーリーは何と言っていますか?
マローリー:僕の霊界の家においで。全てが素晴らしくて、お父さんも幸せになれるよ。お父さんが人生を呪ったのも、悲しみと苦しみが大きすぎたからだよ、と言ってくれています。
カール:霊の世界には、素晴らしいものが待ち構えているのが、ご理解いただけましたか?
マローリー:わかりました。今やっと本当に神の存在が信じられます。神の栄光を見せていただきました。この目で見て、この身体で実感しました。もう信じるなんてものではありません。父も母も妹も、みんな来てくれています。
カール:これであなたも、存在価値のある霊となられましたね。過去を忘れて神を見出すのです。
マローリー:あなたこそ本当の救い主です。ご恩は忘れません。あの暗い境涯からこんなに美しい場所へと連れ出して下さったのですから。幸せをもたらして下さり、私の心に神を見出させてくださいました。あなたは大自然の中にも神々を見出させて下さいました。あの美しい花々!あそこが天国でしょうか?
カール:そうです。霊界です。
マローリー:これで、愛する人たちといつも一緒にいられます。ではまいります。さようなら。
愛は霊的なもの*愛する人とは永遠に一緒
私たち人間は、一人一人が神の分霊であり、全ての人が神と全く同じ霊性=無限の愛を内在しています。人生の最大の目的は、その霊性を開発することであり、愛ある行為によって、分霊である私たちを通じて神の力が地上世界に顕現することになります。
善か悪か、無私か利己主義か、思いやりか憎しみか、私たちは日常生活の中でどう生きるのか、自由意思が与えられています。その中で、神の心である愛を我が心として生き、自分以外の誰かを思いやる言動をした人ほど、永遠の財産となる霊的成長を得て霊的に向上していくようになっています。これは、霊的知識の中でも最重要の部分で、忘れてはいけないことです。
また、人間が神の分霊ということは、神と人間はどんな時も切っても切れない関係だということを意味します。人生でとてつもなく苦しい思いや胸が張り裂けんばかりの悲しい思いをしている時も、決して見放されているわけではありません。
霊的な視点で見れば、苦難や悲哀こそ、人間の魂の奥深くに内在している神の資質を引き出す、最も強力な出来事です。挑戦することも、克服することも、真剣に人生の深淵さを考える機会のないような人生では、全く霊的成長は得られず、地上に生まれてきた意味がなくなってしまいます。
孤独な時、病気の時、人間関係で思い悩んでる時、大切な人を亡くした時、そんな時も神は常にあなたと共にある、どんな時も一人ではなく深く愛されている、それが霊的真実です。
暗闇を体験した人ほど、真に光のありがたさが理解でき、感謝する心や人を思いやる心を大きく育むことができます。失意や落胆の経験は不幸ではなく、本当の幸せの意味を知るための不可欠な要素で、そこから得た学びが霊的成長につながります。霊的成長は永遠の霊的財産であり、一度手に入れたら二度と失うことはありません。
これは、非常に厳しい人生の教訓ですが、霊的財産は厳しい条件下の元でしか得られないものだからこそ価値があります。
「生命は霊、霊は生命」であるがゆえに、人生に起こる様々な出来事は、できるだけ霊的視点で見つめないといけません。特に最愛の人を亡くすという、人生最大の試練に立たされた時には、霊的知識が必要です。
この世を旅立った愛する人は、その姿が目に見えなくても、声が聞こえなくても、手を伸ばしたその距離に実在する誰もが驚嘆するほどの美しい霊の世界で、今この瞬間も元気いっぱいに生きています。
愛は霊的属性であり、死を超えて永遠に魂と魂を引き寄せ合う宇宙で最大の力です。だからこそ、天国へ先に旅立った愛する人とは、必ず再会できます。霊の世界には時間が存在せず、死後何年たってもその真実は変わりません。もう一度抱きしめ合い、笑い合い、共に暮らせる日がやってきます。愛するペットでも同じことです。霊的知識がそれを約束してくれます。
今日も最後まで希望発見ブログをお読みいただき、ありがとうございました。
Your spiritual friend,Lani
参考文献等:シルバーバーチの霊訓(潮文社)、ベールの彼方の生活(潮文社)、インぺレーターの霊訓(潮文社)、これが心霊の世界だ(潮文社)、こころが安らぐ本(大和書房)、こころが満たされる本(大和書房)、私はできる!(サンマーク出版)、すべてうまくいく(角川書店)、人生をもっと幸せに生きるために(河出書房新社)、パワーオブ・ザ・ソウル(JMAアソシエイツ)、迷える霊との対話(ハート出版・本文中の交霊の様子を引用)、ブルーアイランド(ハート出版)