希望発見ブログLooking for HOPE

心を癒す旅 ~もっと楽しく、もっと気楽に。

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Welcome to "Kibou-Hakken"blog Looking for HOPE with your spiritual friend,Lani.
希望発見ブログでは、霊的真理(スピリチュアリズム)を元に、瞑想、心の癒し、死後の世界(天国)の実像など、霊的な知識を中心にお伝えしています。(いかなる宗教とも一切関係ありません)◎皆様の受け入れられる範囲でお読み下さい。

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人生をみんなのために捧げた霊能者兼画家【フランク リーア】の物語

みんなが見えない人が僕には見える*フランク少年の才能

 1886年(日本は明治19年)、イングランドにある都市ストックポートで、のちに数奇な運命をたどることになる男児・フランク リーア(Frank Leah)が産声をあげました。
 フランク少年は物心がついた頃から、周りの人が見えない人の姿が見えていました。
(あの人達はいったい誰なんだろう)フランクはやがてそれは‟死んだ人”なのだと気づきました。彼は類まれな霊視力(クレアボイヤンス)の持ち主だったのです。
 霊視力はインスピレーションを視覚的に受けとる能力とつながりがあり、フランクは成長と共に画才を発揮します。12歳には自分で描いた漫画を初めて売り、15歳になると故郷イギリスを離れアイルランドの首都タブリンに渡りました。ダブリンではいくつもの新聞社でイラストレーターとして人物画や漫画を描きました。
 30歳を過ぎた頃には、アイルランドで最初のアニメ映画"Ten Days' Leave"(1917)のアニメーターとしても活躍します。彼の作品のいくつかはのちに芸術収集家のジョシュ ホロウェイ氏によってアイルランド国立図書館に寄贈されました。
 アイルランドで充実した日々を過ごしていたフランクでしたが、ある日自らの画才とそれまで眠らせていた霊能力を掛け合わせてみることを思い立ちます。天国へ旅立った人の姿を霊視して肖像画を描こうと考えたのです。
(そうすれば、最愛の人を亡くし悲嘆に暮れている人の心を慰められる)
 フランクは慣れ親しんだ生活をすべて手放して人生の新たな扉を開ける決心をし、アイルランドの地を離れます。

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多くの人の心を救いたい*フランクの新たな挑戦

 イギリスに戻ったフランクは、ロンドンにてサイキック アーティストとして活動を始めます。フランクの名はすぐに世間に知られることとなり、依頼の電話がひっきりなしに鳴るようになりました。
 天国にいる人は地上の家族や友人が自分の肖像画をフランクに依頼することが予め察知できるため、自らの意思でフランクのアトリエに現れます。そのため、依頼人がフランクのアトリエを訪れる前に、通常作品は完成しています。
  彼らも自分が死後も元気にしていることを心底伝えたいので、大変協力的にフランクの前でじっとしています。他界した方が地上に戻ってきて画家の前でポーズをとっている光景は一見ユーモラスでもありますが、両者ともいたって真剣です。
 霊視力のあるフランクの目に、霊の姿は薄ぼんやりとした幻のような姿ではなく、はっきりとした実体があり、実に生き生きしています。それは死の際の病気やケガに関わらず、全ての人に共通する死後の霊体の特徴でもあります。
 フランクは霊のまわりを様々な角度から眺め筆を進めていき、五分ほどで肖像画を仕上げます。またフランクは描きながら霊と会話をして名前や生前暮らしていた街、ニックネーム、依頼人との関係や思い出の出来事など、個人的な情報を直接聞きだし、あとでその内容を依頼人に伝えるようにします。肖像画に加え、本当に依頼人と関係ある霊がアトリエに現れたことを示す決定的な証拠となるためです。
 1943年には、それらの肖像画を“Faces of Living Dead"として一冊の本にしました。肖像画の隣に、依頼人が持ってきた写真と比べられるようになっているのですが、フランクの描いた肖像画のリアルさや正確性には、依頼人がきまって感動を覚えました。次にフランクと依頼人の間で起きた二つのエピソードをご紹介します。
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目の前に現れた霊は6歳の女の子*両親の悲しみを癒す肖像画

 ある日、フランクの目の前に一人の少女の霊が現れました。名前を尋ねるとシャーリー ウッズといい、シャーリーは6歳の時白血病でこの世を去ったことがわかりました。
 フランクはシャーリーの表情や姿を丁寧に描きました。絵を描き終えると電話が鳴りました。電話の声は女性でしたが、匿名で自身の名前を伏せていました。フランクは何も尋ねず、ただ一つ確信を持って言いました。「お子様の肖像画ですね」
 フランクは続けて、今目の前にシャーリーという6歳の女の子の霊がいることや、シャーリーの性格や髪形、容貌の詳細を伝えました。電話の女性はフランクの予想通りシャーリーの母親で、女性はその内容からわが子の霊がそこにいることを確信しました。
 改めて母親がフランクの元を訪れ、シャーリーの肖像画を受け取ると、それはまさに我が子の姿そっくりそのままでした。それまで母親は、シャーリーの死に毎日打ちひしがれていましたが、その肖像画を目にした瞬間、我が子の霊が同じ部屋にいることに感動し、すぐに夫に電話して呼び寄せました。父親も肖像画に目を見張り、大変喜びました。
 フランクは二人の前で、もう一枚シャーリーの肖像画を描きました。それはシャーリーが生前着ていたドレス姿の絵でした。両親にとって大変大きな心の慰めになったばかりか、二人はシャーリーが6歳の頃の写真を持ち合わせておらず、フランクが描いた肖像画は、とても大切な宝となり生きる希望にもなりました。

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同僚さえも驚くフランクの才能*マーガレットを見守る日本人女性の霊

 フランクは霊的なことに携わる"同僚”を助けることもありました。その中にマーガレット リオンというスコットランドに暮らす女性がいました。マーガレットには悲しい過去がありました。ある日、1歳の息子が重い病気になりました。しかしどれだけ病院を回って専門医の診察を受けても原因がわからず、マーガレットは絶望の淵に立たされました。
  そんな時、友人から心霊治療(spiritual healing)の話を聞きました。心霊治療は、まず霊界側にいる医師が地上の患者に適合する治癒エネルギーをつくります。地上では心霊治療家が患者に手を当て精神を統一し、治癒エネルギーの波長に合わせます。すると霊界側で生成された治癒エネルギーが電光石火の如く心霊治療家の体を通り手の平から患者の体内に流れ込みます。
 こうして不治の病とされていた人が一瞬にして完治することもあれば、数回の治療で治ることもあります。ただし患者の霊的な寿命やカルマが絡んでいる場合、また患者の霊的世界への猜疑心が深い場合など、全くきかないこともあります。
  わらにもすがる想いで息子をつれて心霊治療家・J ニコルソン氏に会いにいったマーガレットでしたが、くだされた診断は脳が寄生虫に冒されていて手遅れだというものでした。それから3週間後にマーガレットの息子は亡くなりました。検死の結果、牛型結核菌性髄膜炎で、ニコルソン氏の診断は当たっていました。
 マーガレットは深い悲しみの中、もし心霊治療を適切な時期に受けられれば、どれだけ多くの人が自分と同じような涙を流さずにすむだろうと思い、自らが心霊治療家になることを固く決意します。
 その後霊能力開発サークルにて3年間の厳しい修行を経て心霊治療家としての活動を始めました。彼女の活躍は30年以上続き、新たな心霊治療家を養成しつつ、地上の医学では手の施しようがなかった数多くの人達を苦痛から解放しました。
 そのマーガレットがある日、それまで一度も面識のなかったフランクに電話をかけました。マーガレットがまだ名前を名乗る前に、フランクはマーガレットに「霊界側の医師の姿が見えます。日本人の女性です」と言ってその姿を細かく描写しました。
 マーガレットは驚嘆すると同時に、フランクの確かな能力を確信しました。なぜなら心霊治療家として活躍するマーガレットに霊界側から協力していたのは、かつて日本人として生きた女性で、朝鮮戦争の際、王宮の侍医をしていましたが23歳の若さで命を奪われた人だったのです。
 医師として志半ばでこの世を旅立った彼女は、死後もその情熱を燃やし、医学の勉学に励み、霊的な治癒エネルギー(地上にはない物質)の研究を続けて、霊界側からマーガレットの人生を支え続けてきました。この事実は、霊の世界では国籍など関係なく、魂と魂は霊的親和力によって同じ情熱を持つ人同士が互いを引き寄せ合うことを示しています。
 その後マーガレットがフランクのアトリエを尋ねると、見事な日本人女性の肖像画ができており、マーガレットは自らの治療室に大切に飾りました。
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「私は千回以上、死を経験した」*自分という人間を誰かのために

  類まれな能力を備えたフランクでしたが、霊能者であることでつらい思いをすることもありました。天国から地上へ戻ってきた霊は、その際この世を去った時の死の体験を思い出すのですが、フランクはアトリエで霊に会うたびに、その体験を共有することになるのです。
 たとえば心臓の病気で亡くなった人が現れるとフランクは胸に痛みを感じ、水死した人の場合は胸がふさがるような苦しさを感じます。これは多くの霊能者が同様に体験することです。 
 毎日のように死の瞬間を体験しながら描き続けることは精神的に簡単なことではなく、フランクは時々人気のない河口に行き、心行くまで絵を描きました。それがフランクのリラックス方法でした。
 「私は千回以上死を経験しました」と語るフランクは、サイキックアーティストとして30年以上、何千人もの霊の姿を克明に描写し、天国の住人と地上の人をつなげる貴重な役割を果たしました。 
 前半生をイラストレーターとして、後半生を霊能者兼画家として、多くの人の心を慰めてきたフランク リーアは1972年、87歳でこの世を旅立ちました。
 死の境界線を越えた時、かつて彼の前でポーズを取った多くの霊や先に他界した彼の依頼人にとても温かく出迎えられたことは想像に難くありません。
 つらい思いをしている人のために自分に何ができるのか考え、心に芽生えた情熱を行動に移した彼の勇気と思いやりある生き方はとても美しく、いつの時代に生きる人間も見習うことができます。霊能力の有無は関係ありません。
 悲しみの中にいる人に優しい言葉をかけてあげる。落胆している人に一人ぼっちではないことを教えてあげる。ほんのささやかな行為によって、お互いの心が豊かになり、世界はより暮らしやすい場所になっていきます。
今日も最後まで希望発見ブログをお読みいただき、ありがとうございました。
Your spiritual friend,Lani

参考文献:シルバーバーチの霊訓、これが心霊の世界だ、母と子の心霊教室、霊能力開発入門、私は霊力の証を見た(以上全て潮文社)

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