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永井路子著『山霧 毛利元就の妻』*歴史小説で知る日本の歴史に輝く女性②

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歴史の中の女性に輝きをもたらした小説家・永井路子さん

 永井路子さんという小説家がいます。1925年生まれで御年94歳。永井さんは女性を主人公にした歴史小説をたくさん書いていらっしゃいます。
 一口に歴史小説家といっても書き方は様々ですが、永井さんは執筆するにあたり、膨大な資料を読み込み、史実にできるだけ従って書く方です。史実に忠実だからこそ、平安時代、鎌倉時代、戦国時代と、どの時代の物語もとても面白いです。
  永井さんは歴史の中の女性像を全く違う方向に塗り替えた先駆者でもあります。政略結婚などで、立場が弱く、夫の言いなりになり、ただ運命に翻弄され続けたそれまでの弱い女性のイメージを払しょくし、どれほど厳しい環境下でも、知恵と勇気を振り絞り、自ら積極的に順応することで人生に立ち向かった女性の真の強さを描いています。
 史実に忠実に書く方だけに信憑性があり、またそれは、まだまだ社会的な立場が弱い現代の女性を勇気づけるメッセージがたくさん含まれています。
 さらに男性読者にも、女性への理解を助け、いかに女性が生きやすい社会にすることが、これからの男性にとっても日本にとっても大切かを教えてくれます。
 だから私は、永井さんの小説が、今の時代にもっと広く読まれればな、と思うのです。
 数ある素晴らしい永井さんの小説の中、今回は戦国時代に生きた毛利元就の妻『おかた』を描いた作品『山霧 毛利元就の妻』をご紹介します。

いつも対等に*毛利元就とおたかの夫婦愛 

 毛利元就(もうりもとなり)と言えば、史上とても有名な“三矢の教え”というエピソードがあります。
 老いた元就が病臥していた時、枕頭に3人の息子を呼び、まず1本の弓を折ってみせます。次に3本の弓をまとめて折ってみようとしますが、折れません。すると息子達に「1本では簡単に折れるが、3本では折れない。3人も力を合わせて毛利家を守って欲しい」と伝えます。
 この話の真偽は定かではありませんが、元就が仲が良くなかった息子達に14条からなる教訓状を書いたのは確かです。彼はとても筆まめで、手紙をたくさん書いた人でした。性格がとてもきめ細やかで万事慎重、“気遣いの人”だったんですね。
 永井路子さんは元就の手紙を読む機会に触れたことで、この本の執筆を決めたそうです。そんな生真面目な元就に政略結婚で嫁いだのが、主人公の『おかた』。元就22歳、おかた20歳の時です。
 この時まだ領地が小さく、周りは敵に囲まれ政情がとても不安定でした。元来用心深い夫を、おかたは全く物怖じしない性格で常に明るく夫を支え続けます。彼女は決して夫に隷属するわけではなく、あくまでも対等な2人3脚で、夫を励まし続けました。
 近くに太陽のような人がいれば、湿りがちな心もカラッと晴れるというもの。元就はどんどん実力をつけ、のちに中国地方の覇者と言われるまで成長します。
 2人の結婚生活は27年間続きました。おかたは47歳でこの世を旅立ちます。お互いを思い合い、夫婦愛に満ちた27年間でした。
 元就は当時ではかなり長寿となる74歳まで生き続けますが、「おかたがいたら、いろいろ話し合えたのに」という言葉を幾度も口にし、おかたとの思い出を子供達に語り聞かせました。元就の心にはいつも笑顔のおかたが生き続けていたのでしょう。

卑屈になっちゃダメ!永井さんの小説から学ぶこと

 永井路子さんの作品には、男女は常に対等の立場であるべきこと、女性の力を過小評価しないこと、絶対に自分に対して卑屈にならないこと、慣れない環境に身を置いた時、自分から積極的に順応することなど、現代を生きる私達へとても大切なメッセージが熱く投げかけられています。まさしく未来への希望がたくさんつまった作品なのです。
 毛利元就の妻おかたを歴史の中から生き生きと蘇らせた永井路子さんもまた、日本の歴史に輝き続ける女性なのだと思います。


 今日も希望発見ブログをお読みいただき、ありがとうございました。
 Your spiritual friend, ラニ

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