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希望発見ブログLooking for HOPE 

心を癒す旅 ~もっと楽しく、もっと気楽に。

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霊的真理(スピリチュアリズム)、瞑想、歴史、名言、旅行、子育て、エンタメ、心の癒し。様々な分野から、楽しく楽観的に生きるための希望を見つけ、ご紹介しています。

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『自己愛』が傷ついた心を癒す*人生に疲れた時こそ、自分に優しく

『好きに生きたらいいんだよ。だって、君の人生なんだから』
ジョン レノン(John Lennon1940-1980)

自己愛とは、自分の心と体にいかなる時も思いやりを向けること。
何か頑張ったからとか目標を達成した時だけ自分にご褒美をあげるのではなく、普段からどんな失敗をしても、過去に関係なく無条件に自分に優しくすることを意味します。

自分に優しくしていますか?
心と体をちゃんといたわっていますか?
「自分のことはあまり好きじゃない」と思っていませんか?
「自分は駄目な人間だ、弱い人間だ」などと自分を責めていませんか?
体に悪いと知りながら、自分を痛めつけるような習慣をしていませんか?

中には自分のことを好きになれない理由が、過去に人から批判されたり、悪い評価をもらったり、目標が達成できなかったり、望む相手から深く愛されなかったことが原因の場合があります。でもだからと言って、自分を卑下したり、嫌う必要は全くありません。
他の誰よりも自分という人間に思いやり持ち続けることで、心は癒され、健康や人間関係など日常のあらゆることが好転するきっかけとなります。
自己愛は、決してうぬぼれでもわがままでもなく、自分に自信を持ち、前向きに生きてくためのとても大切な鍵となる行為です。なぜなら自分に優しくすればするほど、自分に対して心地よく感じ、それは幸福感と直結するからです。
今回は“自分を大切にする”素晴らしい効能とその簡単な方法をお伝えします。

Forever

「がんばったら・・・・」条件つきで愛される子供時代

私達は子供の頃、頑張るとご褒美をもらえたり、いい成績を残すと褒めてもらえる環境で育ちます。あくまでも一定の条件つきで“価値がある”とみなされ、その条件を満たそうと懸命になります。誰だって愛されたいからです。

その習慣は大人になっても続き、他人や社会の評価に否応なしに左右され、人の価値観の中で背伸びして生きながら、自分の価値を見つけようとします。
そして、誰かの評価を得ることに必死になるあまり、自分が望む評価が得られないと、『自分は価値がない人間だ』と思いこんでしまうことがあります。
他人の価値観に合わせたことが原因で、自分を卑下してしまうのです。これは、実際に多くの人が経験するプロセスだと思いますが、私自身もひどく自分で自分の心を痛めつけた時期が何年もありました。

自己嫌悪、自己批判の罠

 自分の価値が見いだせず自分嫌いになると、他人や社会の悪いところばかり目につくようになります。自分の嫌なところを他者や世の中に反映させてしまうからです。SNS上で見ず知らずの他人を批判するのが大好きな人達も“自分嫌い”の人達。
でもどれだけ批判しても、心が晴れることは決してないでしょう。批判している自分のことを好きになれず、結局自己嫌悪でいっぱいになります。

自己嫌悪、自己批判の厄介なところは、それをする度に私達のストレスレベルを上げ、心と密接に関係がある肉体の免疫力を下げ、体に様々な不調をもたらすことです。
また、何をやっても自分に自信が持てず、人生のあらゆる可能性を閉じてしまいます。
自己嫌悪や自己批判の罠にはまると、自分で意識してやめようと思わないかぎり、毎日の習慣になります。自分を傷つける行為を習慣づけていることに気づかないまま月日は流れ、心と体は疲弊していく一方です。

Just another rainy day

自分の味方になろう

「私は駄目な人間だ」「何をやってもうまくいかない」「私なんて・・・」と、言っていると、自分で自分を攻撃していることになり、心の傷口は深まるばかりです。
子供の頃は心が傷ついても、そばに慰め応援してくれる人がいたかもしれません。では大人になったらどうでしょう?大人は心の痛みを、知らんふりしがちです。傷ついて当たり前、それはみんな一緒の風潮があるからです。
心に痛みを感じた時、いったい誰が癒してくれるのでしょうか?何が本当に私達の心を癒すのでしょう。パワースポットに行けばいいのでしょうか?大量にお酒を飲んだり、たばこやギャンブルに依存すれば、心の傷はふさがるのでしょうか?

外の世界にばかり真の癒しを求めていると、ある日必ず行き止まりに突き当たります。
「何でだろう、いつまでもつらいのは、自分が駄目な人間だからだろうか」「こんな自分を助けてくれる人なんて誰もいない。本当に孤独だ」
そんな風に疲労困憊で自尊心のかけらも持ち合わせず、行き止まりの前で下をうつむき、嘆くかもしれません。
でも、ふと顔をあげると、その行き止まりには鏡があります。誰もいないはずの行き止まりで、そこに映った自分の姿を見て、悟りを得たような気分になり、笑みが浮かびます。大事なことに気づきます。
「そうか。まだいたじゃないか。本当に自分を癒せるのは、自分自身なんだ」

癒しの始まり

『自分を愛し、大切にする人は人に傷つけられることはない。刺し貫くことができない柔らかな鎧を身に着けているようなものだから』(詩人*ヘンリー W ロングフェロー)

以前、私が瞑想をしていることを知った友人が、「よし、自分も始めてみる!」と言って挑戦してみることになりました。でも1週間もたたないうちに、「駄目だ、自分には瞑想の才能がない。昨日やるのを忘れてた」と嘆き、何事も継続できない自分を責めていました。私は「それでいいよ」と声をかけました。心身を癒すための瞑想が、友人にとっては自分を責めることで大きなストレスになっていたのです。

「継続は力なり」という言葉はよく知られていて、確かにそうかもしれません。でも、私達人間は不完全な生き物です。瞑想について言えば、毎日続けていた人が、2,3カ月休んでもまた再開すればいいだけで、大したことではありません。
わざわざ自分を責めてしまうところに、ストレスの根源があります。逆にいえば、それさえやめれば、私達の心身の状態はずっと上向き、確実にポジティブで楽観的な思考が身につき、気持ちが楽になります。

心に癒しの力が流れる素晴らしさは、過去のつらい経験が、信じられないことに輝き始めることです。『あの経験があったからこそ、今の自分がある』と肯定的にとらえることができます。それは、人生の被害者のように思っていた自分が、人生の挑戦者に生まれ変わることを意味します。しかも癒しの力をもたらしたのは、他でもない自分自身です。
 自分を肯定的にとらえることは、人生を肯定的に考えることにつながります。『大丈夫。もっと自分を信じよう。人生に期待しよう。必ず明るい未来が待っているのだと』そんな思いは、自分を癒してこそ、自然に生まれます。

One small positive thought can change your whole day.

自己愛が自分を救う*この3つから始めよう

①自分を卑下するような言葉は絶対に使わない。
②自分と他人への批判を一切やめる。
③自分の中の弱い部分、短所も全て受け入れた上で、自分をこよなく大切にする。

この3つを意識し続けることで、自分への批判者から心友に変わります。先程の瞑想の話のように、もし時々、自己嫌悪に陥っても自分を責めないでください。毎日少しずつ意識するだけで大丈夫です。

まずは自分が使う言葉に注意を向けてみましょう。毎日少しずつの習慣が、ネガティブな信念体系をいつの間にかポジティブに変え、ストレスが減っていきます。もはや自分で自分を苦しめることを止めたからです。

自分を大切にするようになると、心に余裕が生まれます。自分の価値の高まりを感じ、決断に自信が持てるようになります。『うまくいくかな・・・』と不安だったことも、『大丈夫。自分なら乗り越えられる。すべてうまくいく』と挑戦心、冒険心が生まれます。頼もしい自分に会えます。それは誰かの評価の中で生きる人生から、解放された瞬間です。

おしまいに・・・

私達は皆、何歳であろうと、心の成長過程にあります。全く違う人生観を持った人同士が、支え合い、学び合い生きています。だからこそ、他者にできるだけ寛容である必要があると思います。

お互いを傷つけあってきた人類の歴史を見れば、自分とは違う考え方の人に出会った時、自分から一歩寄り添うことの重要性を感じます。

他者に寛容であるためには、常に自分に優しく自分を大切にすることが、何よりも尊い行為です。『自分で自分を癒す』は、いつでもできる素晴らしい社会貢献なのです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
Your spiritual friend,ラニ