<レスポンシブを有効にするコード↓>

希望発見ブログLooking for HOPE 

心を癒す旅 ~もっと楽しく、もっと気楽に。

希望発見ブログLooking for HOPE

霊的真理(スピリチュアリズム)、瞑想、歴史、名言、旅行、子育て、エンタメ、心の癒し。様々な分野から、楽しく楽観的に生きるための希望を見つけ、ご紹介しています。

スポンサーリンク

愛知県内にある異国*『尾張』と『三河』

  同じ県内でも方言や風習の違いから、本当に同じ県民か?と疑いたくなるような、場所や地域がどの都道府県にもあるのではないでしょうか。 
 愛知県は西部を『尾張地方』と呼び、東部を『三河地方』と呼びます。この二つの地域の間に『境川』という二級河川が流れていて、おおむねその川で、尾張地方と三河地方が分かれます。
 尾張と三河。この2つの『国』は同じ愛知県内にありながら、違う方言や風習が色濃く残っています。
 尾張と言えば、名古屋市や、モンキーパーク・国宝犬山城がある犬山市、焼き物の街、瀬戸市&常滑市、南知多ビーチランドのある南知多市などがあります。
 三河は、トヨタ自動車がある豊田市、岡崎市、豊橋市、蒲郡市、刈谷市などがあり、刈谷市はハイウェイオアシスができてから、週末はたくさんの人でにぎわっています。
 私は名古屋市生まれなのですが、『血』は尾張と三河が混在しているハーフです。だから、親戚にも尾張、三河の両地域の人達がいて、子供の頃から言葉づかい等、両者の異国間をはっきり感じていました。
 今回は、『両国』の血を引くハーフの私が、中立的に、尾張と三河の違いを歴史的背景や方言から、楽しみつつ書き進めていきたいと思います。

Japan - The WW2 Kai Gunto or Japanese Navy commissioned officers Shin-Guntō 1937

尾張の信長、三河の家康*歴史が教えてくれる違い  

 尾張と三河の違いは、戦国武将の生きざまにはっきり見て取れます。尾張出身といえば、織田信長や豊臣秀吉が思い浮かびます。加賀百万石の礎を築いた『前田利家』も尾張出身で、豊臣秀吉とは若かりし頃からの朋輩でした。
 肥後熊本藩初代藩主の『加藤清正』や安芸広島藩主の『福島正則』らは秀吉の子飼いとして、取り立ててもらった尾張出身の勇猛な武将です。現在の高知県で土佐藩初代藩主となった『山内一豊』も尾張出身。石川県や熊本、広島、高知などでは、尾張の言葉や風習がわずかでも残っているのかは定かではありませんが、あってもおかしくないですね。
 三河出身の戦国武将といえば、徳川家康です。家康は江戸幕府を開いたことで知られていますが、彼は幼い頃に母親を亡くし、6才の時に今川家の人質になることに決まりました。しかも今川家に行くはずが、途中織田家にさらわれ2年間過ごした後、ようやく今川家に人質としてとられるという、過酷するぎる幼少時代を送りました。
 この時代、尾張という場所は平野が開け、とても豊かな米作地帯で流通経路の発達もあり、商業がさかんでした。織田信長や豊臣秀吉など、古い規制をとっぱらい、政治や物流において新システムを構築するようなアイディアマンが生まれたのも、全く不思議ではありません。義理よりも『利』を優先する利口者の集まりといった感じでしょうか。
 反対に、三河は山地が多く、質朴さや義理を重んじる風土がありました。その義理ゆえに、『三河衆1人に尾張衆3人』と言われたほど、三河武士の屈強さは当時でも有名でした。尾張出身の織田信長はそのあたりを熟知していて、桶狭間の戦いでは、脆弱な尾張衆を引き連れ、何倍もの軍勢の今川義元に奇襲をかけ、討ち果たしました。豊明市にある桶狭間の古戦場跡を訪れた時、今川義元の墓碑がひっそりと建てられていました。ライオンがウサギに敗れるほど、無念だっただろうなと思います。
 
 信長はその後、家康と同盟を組みました。同盟といっても、信長のほうがずっと力が上で、家康は信長の命令で、妻子の命を奪わねばなりませんでした。3日悩んだ末17歳の時にできた愛息に手をかけねばならなかった家康は、その後何十年たっても、息子の死を嘆いたそうです。
『律儀者』と言われた三河の象徴、家康は、信長の死後、小牧・長久手の戦いで秀吉に勝利するも部下として仕え続けましたが、秀吉の死後ついに立ち上がり、関ヶ原の戦いで勝利し、大阪の陣で秀吉の息子、秀頼を滅ぼし、ついに天下人になります。
 すさまじい忍耐力だな、と家康という人の一生を見ると誰もが思うのではないでしょうか。家康が江戸幕府を開き、260年も続いたことを思うと、忠誠心、質朴、律儀、忍耐といった三河人気質は、現在も多くの日本人に影響を与えていることは否めないような気がします。
 こんなことを書きながら、私は信長や家康ではなく、お隣の美濃(岐阜)で活躍した斉藤道三や、妻子や領民を大切にし、残忍な信長に一矢報いた明智光秀が好きです。信長と光秀を育てた斎藤道三の話はこの本に詳しくあります。
国盗り物語(一) (新潮文庫)

Nagoya

尾張弁*『みゃ~、でら、なも』

 子供の頃、同居していた祖父が尾張、祖母が三河出身で、いろんな尾張弁、三河弁が飛び交っていました。だから、方言をまとめようとすると頭が混乱します。
 20代の頃の留学先で、日本人留学生の小さな親睦会がありました。出身地はバラバラで、名古屋出身は私だけでした。
 その中の関東出身の女性が「名古屋の人って、みゃ~みゃ~言うよね」とちょっと小バカにしたように言いました。私は使った覚えが一度もなく、「いや、そんなことはないし、聞いたこともない」ときっぱり言い返しました。
 するとその女性は「絶対に言うはず。みゃ~って普段から使うでしょ」と語気を強めました。みんな興味深そうにこっちを見ています。私はバカにされたと思い、もうこの話は終わらせようと決め、口を開きました。
「とりあえず、ビールでも飲みゃ~」(ハッ!使ってた!)
その瞬間、どっと笑い声があふれました。あの時の女性の満足そうな顔。今でも忘れられません。その後、それまでずっと標準語だと思って使っていた言葉の数々が、実は方言だったことに気づくということが何度もありました。

 一般的な尾張弁は語尾に、~『~だよ、~だね』の意味で『~だがや、~がや』を使います。
 雨がふってきたね→雨がふってきたがや
また、否定形で~していない、の意味で『~せん、へん』を使います。
そんなこと言わない→そんなこと言っとらせん。
 ちょっと強めだと、『あらすか』というのがあります。
そんなことない→そんなことあらすか!

他にも・・・。
ダメ→いかん(明日行かないかん)
疲れた→えらい(ちょっとえらいわ・・・)
恐ろしい→おそがい(あの先生、おそがい・・・)
机を運ぶ→机をつる
自転車→けった
とても→でら(でらうまい)
でら』は若い人が使う言葉だと思います。方言って世代ごとに変化するし、尾張弁で言えば、名古屋と他の地域でも変わってくるから、定義が難しいですね。
 昔の名古屋弁はキレイだった、と年配の方から聞いたことがあります。語尾に『なも』をつけるバージョン。今はキレイじゃないのかな。
ひさしぶりですね→やっとかめだなも

【尾張の伝統工芸】
名古屋市緑区にある『有松絞り(ありまつしぼり)』、ご存知ですか?外国人の方にも喜ばれます。


[ 京都きもの町 ] 有松絞り 手ぬぐい 手綱柳絞り

詳しくはこちらのホームページへ。

shibori-kaikan.com

三河弁『じゃん、だら、りん』

 三河弁で有名なのはよく『じゃん・だら・りん』と言われます。
『じゃん』が三河の言葉かどうか、よくわかりませんが、~だらぁ、~りんは、語尾につけて使います。子供の頃、三河地方に住む親戚の人がよく使っていて、変わった言葉なぁ、と思った記憶があります。
だらぁ』は~でしょう、~だよね、という意味で、よく同意を求める時に使われます。
この店好きだよね→この店好きだらぁ
そうだよね→ほだらぁ
りん』は~しなさいの意味。
宿題しなさい→宿題しりん
寝なさい→寝りん
食べなさい→食べりん
やってみなさい→やってみりん

他にも・・・

たくさん→ようけ
寒い→さぶい
実家→ざいしょ(在所)
動く→いごく
昨日→きんのう

 留学時代に使って三河弁だと気づいた言葉は、だから、という意味の『だもんで』。
だもんで、昨日は授業を休んだ。「だもんでって何?」と聞かれた時は、本当に驚きました。静岡県出身の人も『だもんで』を連発していました。
 尾張弁でご紹介した、『あらすか』や『おそがい』は三河でも広く使われいるはずで、もやは尾張・三河の合同弁だと思います。信長と家康が同盟関係を組んで、仲良くしていたことを考えれば、そんな言葉も数多くあるでしょうね。sakurajima

方言を楽しもう

 私は、方言で話す人がいると、その人の素顔が垣間見れていいな、と思います。最近は関西以外のお笑い芸人さんでも方言を使う人が増えていますね。栃木はU字工事さん、博多は華丸大吉さん、沖縄は『しゃもじ』さん、などなど。(実は他に知りません)
 以前、青森県出身の友人に普段使っている標準語をやめて、地元の友達と会話する時のように話して欲しいと頼んだら、全く意味がわかりませんでした。でも、普段かぶっている仮面を脱ぎ捨てた感じがして、いいな、と思いました。
 鹿児島県出身の友人は、普段から方言を使います。何かのひょうしに驚いた時、「あよっこられよ!」と言ったので、どういう意味か尋ねたら、「ぼよっ、ちゅうこっよ」(ぼよっていう意味だよ)と、方言の意味を方言で返すという離れ業をしてくれました。どちらも、驚いた時に使う言葉だそうです。ぼよっ!って何かいいですね。
 地方から都会に出て来て、方言を使う機会が減っている人も多いと思いますが、方言はその人が生まれ育った過程で培った言葉なので、本当はリラックスできるはず。
 照れず隠さずどんどん使えば、中には標準語だと思っていた言葉が実は違った!なんていう驚きもあるかもしれません。「ぼよっ!」の瞬間、楽しみましょう。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
Your spiritual friend,  ラニ

 

北海道のことも書きました。よかったらこちらも。

www.spiritualfriends.work