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希望発見ブログLooking for HOPE 

心を癒す旅 ~もっと楽しく、もっと気楽に。

霊的真理(スピリチュアリズム)、瞑想、歴史、旅行、子育て、エンタメ、人間関係。様々な分野から、人生の希望を見つけるブログです。

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イチロー選手、夢と希望をありがとう

Ichiro Suzuki

高校時代は7割バッター

イチロー選手の引退に、感傷的な気分になりました。私は、彼と同じ愛知県出身で、ずっとその魅力的なプレーに元気をもらってきました。
 『ずっと』の始まりは10代の頃です。彼は愛工大名電高校という、愛知県では屈指の野球強豪校出身で、高校生の頃からそのすごさは有名でした。
  イチロー選手のことは、最初、高校生ながら地元のスポーツ紙『中日スポーツ』の一面を飾っていたことで知りました。彼の本名は『鈴木一郎』ですが、一面に『鈴木』とデカデカと名前と写真が載っていました。何がすごかったかというと、地方大会の打率が7割を超えていたことです。7割がいかにすごいか、野球を少しでもご存じの方は仰天することだと思います。打率3割でも好打者と言われる中、イチロー選手は10回打席に立ったら7回はヒットを打ってしまうような高い技術を当時から持っていたことになります。
  昨夜、アメリカのメディアが一斉に引退を報じましたが、その中でESPNがイチロー選手のことを“A Magician with a bat in his hands”『手にバットを持つマジシャン』と表現していました。本当にその通りで、彼はすでに高校生の時からマジシャンのように、変幻自在にヒットを量産していました。
 イチロー選手が高校3年生の時、あと1勝で夏の甲子園の出場が決まるという県大会の決勝を、私は憧れの眼差しでテレビで観戦していました。彼はエースナンバーの背番号1をつけていましたが、外野を守っていた記憶があります。残念ながら決勝戦では負けてしまって、全国にその名をとどろかせて欲しいと思っていた私は、とても残念でした。
 なにせ、外野守備も当時からすごくて、監督のお話によると、ランナーが2塁にいて、外野を守っているイチロー選手のところにヒットボールが飛んでくると、彼はボールを捕球してから投げるまでに、わざとテンポを遅らせて、2塁ランナーをホームベースに突っ込ませるそうです。そこをのちにレーザービームと呼ばれた強肩でキャッチャー目がけてすごい球を返球し、ランナーをアウトにしてしまうという高校生とは思えないプレーをしていました。
  その年のドラフト会議で、当然地元の中日ドラゴンズに1位指名されるのかと思いきや、ドラゴンズは指名せず、オリックスが4位という順位で指名しました。
  最初の1、2年目は、当時の監督やコーチに独特の打ち方を理解してもらえず、1軍での出場機会にほとんど恵まれませんでしたが、3年目、20歳の時に新監督になった仰木監督の目にとまり、首位打者をとってそこから日本中を驚かせる快進撃が始まりました。

Ichiro

アメリカで1年目からファンに愛されていたイチロー選手

 イチロー選手の活躍は、当時から本当に嬉しかったのですが、もっと嬉しかったのは、アメリカに渡って野手として最初のメジャーリーガーとなった2001年です。私は当時アメリカの大学に在籍していました。編入したばかりの新しい環境で、周りのアメリカ人学生が次々に脱落して退学していくほど、授業についていくのがやっとの状況でした。毎晩睡眠時間を削って必死に勉強していたのですが、深夜まで仲間を集めて大騒ぎしていたルームメイトと合わなかったり、外出先で初めて人種差別行為を受けるなど、とてもつらい時期でした。
 そんな時、元気づけてくれたのが、人種や言葉の壁などものともしない、“同郷”、イチロー選手の大活躍です。 
  メジャーリーグの実況をテレビでつけて、彼が所属していたマリナーズ戦を見ると、必ず解説者が気をつけるバッターの筆頭としてイチロー選手の名前を挙げ、走、攻、守、全てのプレーを絶賛していました。
  彼はメジャーリーグ1年目から多くのファンを魅了し愛され、アメリカ社会に受け入れられて尊敬されていました。
 高校生の時の印象が強烈だっただけに、ベースボール最高峰のアメリカで、同じ愛知県出身のイチロー選手が、本当に楽しそうにプレーしている姿は、見ているだけで心が奮い立つほどの勇気を何度ももらいました。

Ichiro Suzuki

メジャーリーグに最も敬意を表し、最も敬意を表されたイチロー選手

 イチロー選手は、シーズンが終わると毎年のように、ニューヨーク州クーパーズタウンにある『野球展堂博物館』訪れるそうです。ここには、ベーブルースなど、メジャーリーグで偉業を成し遂げた名だたる選手のユニフォームやバットが展示されています。メジャーリーグの選手が、何度もここを訪れることは非常にまれなことで、このことはすぐにアメリカのメディアに知られることとなりました。
 ある日イチロー選手が出場している試合をテレビで見ていたら、現地の実況アナウンサーが、彼が毎年野球博物館を訪れていることに触れた上でイチローは、メジャーリーガーの中で、最もメジャーリーグに敬意を表している選手だ」と言っていたことが、とても印象的でした。
  昨夜の試合、イチロー選手は所属するマリナーズの選手からも、敵チームのアスレチックスの選手からも、非常に大きな敬意を払われているのが伝わってきました。メジャーリーグに長年多大な敬意を払い続けてきた彼に相応しい、万感の引退試合だったと思います。
  イチロー選手がファンに向かって帽子を振った時、髪に混じったたくさんの白髪を見て思わず涙がどっと溢れてきました。イチロー選手は45歳。本当に長い間、毎日の生活の中に楽しみを与えてくれ、また、若かりし頃とてもつらかった時も勇気と希望をくれて、感謝の気持ちで胸がいっぱいになったのです。
 「後悔などあろうはずがない」
 最後にすがすがしい表情でそうおっしゃっていたので、ささやかながら応援してきた一ファンとしては、すっきりした気分になりました。 

  今回は、どうしてもイチロー選手に感謝の気持ちを捧げたくなり、記事にしました。

  最後までお読みいただき、ありがとうございました。
Your spiritual friend, ラニ