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希望発見ブログLooking for HOPE 

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シワがある自分が好き!『心の美人』オードリー ヘップバーンがたどりついた場所

  オードリー ヘップバーンは『永遠の妖精』と呼ばれ、映画やファッションの枠を超えて、世界中の多くの人々を魅了してきました。
 それは彼女がただ単に、人もうらやむような美貌、名声、富を手にしたからでしょうか?それとも後半生に、ユニセフの親善大使として世界中を駆け巡り、恵まれない人々に手を差し伸べ続けたからでしょうか?
 
 オードリーは晩年、顔にたくさんのシワを刻んだ素顔で、カメラの前に堂々と立ちました。一部のマスコミが若かりし頃の顔と比べて、散々その変貌ぶりをはやしたてても、全く意に介さず、
「私は若かった頃よりも、シワだらけの今の自分のほうが好きです」ときっぱり言いました。
  
「シワがある自分が好き」という言葉は、オードリーの非常に強い思いが込められていると思います。
 なぜ、オードリーは誰からも愛され、認められ、評価されているのか。それは多くの人々が人生で望むことでもあるので、オードリーがその言葉を発した真意を知れば、人生に新たな希望が見えてきそうです。今回は随所にオードリーの言葉を散りばめながら進めていきます。

#9- Audrey Hepburn

顔のシワに隠されたストーリー 

 人の顔のシワ1本1本には、その背後に見た目だけでは決してわからない、様々なストーリーがあります。そのシワの数が多ければ多いほど、また深ければ深いほど、人生の苦悩を乗り越えて得た、眩しいほどの心の美しさを表していると思うのです。
 
 女性なら普通は隠したがるそのシワを、オードリーが勇気を持ってさらけだしてくれたことにより、私達はまるで、家族のようにオードリーを身近に感じることができます。いったいオードリーのシワにはどんな苦しみや悲しみ、喜びが隠されているのでしょうか?彼女が世界中の人々に伝えたかった人生で大切なこととは何でしょう? 

愛に飢え、恐怖にさいなまれた幼少時代

 オードリー ヘップバーンは1929年5月4日、ベルギーのブリュッセルで生まれます。両親と二人の兄がいました。オードリーが幼少の頃から、両親は喧嘩が絶えませんでした。オードリーが六歳の頃、衝撃的な出来事がありました。父親がある日突然家を出て行ってしまったのです。お父さんに見捨てられた、そう思ったオードリーは、情緒不安定になり、孤独感でいっぱいの毎日を過ごします。

“父に捨てられたことは私の一生で、最もショッキングなできごとでした”

“私たちはみんな愛されたいのではありませんか?だから人生のあらゆる時点で、愛情を求めているのではないでしょうか。私にも愛が必要です。愛したいし、愛されたいのです”
  
 両親が離婚し、イギリスの寄宿学校に入ったオードリーは、バレエを習い始めて、ようやく楽しみを見つけます。しかし、10歳の頃に第二次世界大戦が始まり、戦火を逃れるために、祖父のいるオランダに移住します。
  
 しかし、ドイツナチス軍は、オランダにいるオードリーのすぐそばまで勢いを伸ばし、おじさんやお兄さんがとらえられてしまいます。ここまででも、いかに心配の絶えなかった子供時代を過ごしたかがわかります。


  1945年5月、ドイツ軍の降伏により、戦争は終焉を迎えます。その時、『アンラ』という戦争被害国の救援を目的とした国際機関が、オードリーが住むオランダにもやってきます。オードリーの家族もアンラから救援物資を受け取ります。
 この『アンラ』の活動は、のちに『ユニセフ』に受け継がれます。幼い頃から、両親が喧嘩ばかりし、父親に見捨てられ、戦争の恐怖におびえ続けたオードリーにとって、何の見返りを求めずに困った人々に救いの手を差し伸べるアンラの姿は、強烈な印象を残したに違いありません。
 
 終戦時16歳だったオードリーは167センチの身長がありながら、体重41キロしかありませんでした。栄養失調で体調を崩していたのです。恐怖から救われたオードリーが、後半生をユニセフの活動を通して、世界中の助けを必要としてる人々に手を差しのべ続けたのもうなずけます。

“戦争によって逆境に負けない精神力がつきました。不幸な体験は、私の人生に積極性を与えてくれたのです”

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夢の終わりと始まり

 戦争が終わり、ロンドンの名門バレエ学校に入学したオードリーは、大好きなバレエに打ち込めることに大きな喜びを覚えました。しかし、背が高いことなどを理由に、トップバレリーナへの道を絶たれてしまいます。
  絶望の淵にいたオードリーでしたが、次々とモデルや舞台の端役をこなしていきます。バレエでつちかった強靭な精神力を武器に、厳しい稽古にもついていきます。

“私はこの不安や劣等感をどうにかしてプラスに転じたかった。そのためには強い精神力を養う以外に方法はないと思い、努力したのです”

  その後、『ローマの休日』で主役をつとめ、アカデミー賞主演女優賞をとったことは有名です。映画界で目覚ましい活躍を続け、結婚もし、子供も授かりました。でも、幸せな日々は続かず、かつて父親が家を出ていったように、今度は夫が家を出て行きます。その後39歳の時に再婚し、次男をもうけます。オードリーはこの時、全ての映画出演を断り、以後六年間家族を優先した生活を送りますが、二度目の離婚を経験するに至ります。

“大切なのは、どんな花を選ぶか、どんな音楽をかけるか、どんな笑顔で待つか、そういうことです。私は家庭を陽気で楽しい場所にしたいのです。この不安だらけの世界から逃れられる安息の地にしたいのです”

ドアの向こうの子供達

 『一つのドアが閉まれば、もう一つのドアが開く』という言葉がありますが、オードリーは映画出演を再開し、三度目の結婚をします。この時出会った男性とは残りの生涯を共にし幸せに暮らします。また、ユニセフの活動を開始し、エチオピアバングラデシュベトナムソマリアなど、世界中の恵まれない子供達のために、一生を捧げます。

“笑うって本当に素敵なことだなって本気で思います”


  子供の頃から、愛に飢え、社会に怯えたオードリーは、自分よりももっとひどい環境に置かれた数えきれないくらいの子供達を抱きしめ、愛を与え続けたのです。
  1993年1月20日の午後、オードリー ヘップバーンは63年間の生涯に幕を閉じました。

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『シワがある自分が好き』*他人の評価よりまず自分の評価

 オードリーの一生を振り返ると、改めて『シワのある自分が好き』という言葉に重みを感じます。彼女は自分への劣等感や社会への恐怖心を克服し、晩年は愛に満ちた人生を送りました。もしオードリーが「シワのある自分なんて大嫌い!」と言っていたら、オードリーに対する人々の見方も変わっていたかもしれません。

  オードリーは誰かに『シワがあっても素敵ですね』と言われたからそう言ったわけではなく、自ら言いました。すると、周りもそんなオードリーの顔に刻まれた一本一本のシワを見つめた先に、彼女がそれまでの人生でつちかった、強さ、優しさ、賢さを『美しさ』として受け入れます。ああ、そんな風に年を重ねたい、そんな強さ、優しさ、賢さを身につけた人間になりたい、という思いが湧き出します。ずっと見つめていたくなります。

 私達は誰しも人から愛されたい、評価されたい、大切にされたいと望みます。誰かに大切にされれば、自分のことを大切にできそうです。
 でも、オードリーはそれは逆だよ、と伝えているようです。人に愛されたかったら、まず自分を愛しましょう。人に褒められたかったら、自分をまず褒めてあげましょう。そうすれば、周りは自然にあなたを認めてくれますよ、と。
『シワがある自分が好き』は、『人の評価より、まず自分の評価が先だよ』と優しくメッセージを投げかけているのではないでしょうか。
 先に自分の存在を自分がしっかり認めてあげれば、『心の美人』や『心のハンサム』になって、それから人の愛情や評価はついてくるのでしょう。

“自分自身に対して100パーセント素直になって、欠点から目をそらさずに、正面から向かい合い、欠点以外のものに磨きをかけるのです”

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『シワがある自分が好き』*自分の本当の価値

 また、『シワがある自分が好き』は、オードリーが美貌に幸せを求めていなかったことがわかります。世界で最も貧困な国々を周り続けたオードリーは、名声や財産には重きを置かず、誰かに思いやりを与えることに、本当の幸せを見いだしました。

 人の本当の価値は、容姿や肩書、財産とは全く関わりがないことを、身を持って世に示した先駆者なのだと思います。オードリーがたくさんの愛情を人々に与えたように、人の本当の価値は、どれだけ自分を大切にし、困った人や悩んでいる人に、手を差し伸べるかなのでしょう。その相手の数は問題ではなく、たった一人でもいいのだと思います。

  容姿は誰だって老けていくものだけれど、心は自分次第で、オードリーのように、ずっと若くいられそうです。『永遠の妖精』とオードリーが人々に言われる所以は、そこにある気がします。

 オードリー ヘップバーンさんを想う時、一生かけてもあんな心の美しい人には到底なれない、と感じます。でも、まだまだこれからたくさん学びながら、顔中がシワだらけになってでも、人と比べた容姿や財産、肩書きに心奪われることなく、彼女が勇気を持って示してくれた着地点のなるべくすぐ近くまで、いつかたどり着ければと思います。

“年とともに自分が変わっていくのがわかります。でもそれを直視しなければ。みんなが経験することですから”

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
Your spiritual friend,  ラニ

 

オードリー ヘップバーンさんの言葉は、この本から引用いたしました。


オードリー・ヘップバーンの言葉 (だいわ文庫)


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