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心を癒す旅 ~もっと楽しく、もっと気楽に。

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オードリー ヘップバーン*誰からも愛された永遠の妖精の素顔

  オードリー ヘップバーンは『永遠の妖精』と呼ばれ、映画やファッションの枠を超えて、世界中の多くの人々を魅了してきました。
  オードリーは女優として輝かしいキャリアを築いていた頃、自分の人生について語るのを嫌がる人でした。ようやく語ったのは晩年になってからです。 彼女は顔にたくさんのシワを刻んだ素顔で、カメラの前に堂々と立ちました。一部のマスコミが若かりし頃の顔と比べて、散々その変貌ぶりをはやしたてても、全く意に介さず、「私は若かった頃よりも、シワだらけの今の自分のほうが好きです」ときっぱり言いました。
「シワがある自分が好き」という言葉の裏には、オードリーのどんな人生観によるものなのでしょう。
 今も尚世界中の誰からも愛され、常に他者に対する謙虚さと深い愛情を失わなかったオードリーの生き方を学べば、私達の人生にも新たな希望が見えてきそうです。今回は随所にオードリー ヘップバーンの言葉を散りばめながら、オードリー ヘップバーンから学んだ“愛される”生き方をご紹介します。
 よろしければ最初にオードリーが歌う『ムーンリバー』を聴いてみて下さい。何て美しい声、美しい曲なんでしょう。


Audrey Hepburn - Moon River (Best Version )

顔のシワに隠されたストーリー 

 人の顔のシワ1本1本には、その背後に見た目だけでは決してわからない、様々なストーリーがあります。そのシワの数が多ければ多いほど、また深ければ深いほど、人生の苦悩を乗り越えて得た、眩しいほどの心の美しさを表していると思うのです。 
 女性なら普通は隠したがるそのシワを、オードリーが勇気を持ってさらけだしてくれたことにより、私達はまるで、家族のようにオードリーを身近に感じることができます。またオードリーを知る共演者は皆口をそろえて、彼女の謙虚で誠実、そして純粋な人柄を絶賛します。
 でも、オードリーの生い立ちは、決して明るいものではありませんでした。

愛に飢え、恐怖にさいなまれた幼少時代

 オードリー ヘップバーンは1929年5月4日、ベルギーのブリュッセルで生まれました。オードリーには両親と二人の兄がいました。
 悲しいことに幼少の頃から、両親は喧嘩が絶えませんでした。オードリーが6歳の頃、衝撃的な出来事がありました。父親がある日突然家を出て行ってしまったのです。お父さんに見捨てられた、そう思ったオードリーは、情緒不安定になり、孤独感でいっぱいの毎日を過ごします。
「父に捨てられたことは私の一生で、最もショッキングなできごとでした」
「私たちはみんな愛されたいのではありませんか?だから人生のあらゆる時点で、愛情を求めているのではないでしょうか。私にも愛が必要です。愛したいし、愛されたいのです」  
 両親が離婚し、イギリスの寄宿学校に入ったオードリーは、バレエを習い始めて、ようやく楽しみを見つけます。しかし、10歳の頃に第二次世界大戦が始まり、戦火を逃れるために、祖父のいるオランダに移住します。
 試練は続き、ドイツナチス軍はオランダにいるオードリーのすぐそばまで勢いを伸ばし、おじさんやお兄さんが捕らえられてしまいます。ここまででも、いかに心配の絶えなかった子供時代を過ごしたかがわかります。
  1945年5月、ドイツ軍の降伏により、戦争は終焉を迎えます。その時、『アンラ』という戦争被害国の救援を目的とした国際機関が、オードリーが住むオランダにもやってきます。オードリーの家族もアンラから救援物資を受け取ります。
 この『アンラ』の活動は、のちに『ユニセフ』に受け継がれます。幼い頃から、両親が喧嘩ばかりし、父親に見捨てられ、戦争の恐怖におびえ続けたオードリーにとって、何の見返りを求めずに困った人々に救いの手を差し伸べるアンラの姿は、強烈な印象を残したに違いありません。
 終戦時16歳だったオードリーは167センチの身長がありながら、体重41キロしかありませんでした。栄養失調で体調を崩していたのです。恐怖から救われたオードリーが、後半生をユニセフの活動を通して、世界中の助けを必要としてる人々に手を差しのべ続けたのもうなずけます。
「戦争によって逆境に負けない精神力がつきました。不幸な体験は、私の人生に積極性を与えてくれたのです」

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夢の終わりと始まり

 戦争が終わり、ロンドンの名門バレエ学校に入学したオードリーは、大好きなバレエに打ち込めることに大きな喜びを覚えました。しかし、背が高いことなどを理由に、トップバレリーナへの道を絶たれてしまいます。
  絶望の淵にいたオードリーでしたが、次々とモデルや舞台の端役をこなしていきます。バレエでつちかった強靭な精神力を武器に、厳しい稽古にもついていきます。
「私はこの不安や劣等感をどうにかしてプラスに転じたかった。そのためには強い精神力を養う以外に方法はないと思い、努力したのです」
  その後、『ローマの休日』で主役をつとめ、アカデミー賞主演女優賞をとったことは有名です。不朽の名作と呼ぶにふさわしいこの映画が、私は大好きなのですが、この映画の中でオードリーが泣くシーンがあります。演技をちゃんと習ったことがないオードリーは、5テイク撮っても泣けなかったそうです。さすがに監督がオードリーに「いつまで撮らせる気だ?」と怒ります。オードリーは怒られた恐怖からようやく“泣く演技”ができました。まだご覧になっていない方には本当におすすめの映画です。
 ある国の王女(オードリー ヘップバーン)がイタリアを訪問した際、新聞記者(グレゴリー ペック)と出会い、限られた時間の中、2人が恋に落ち・・・、というお話です。一度観たら、何度も繰り返し観てしまう映画です。
 さて、オードリーはその後映画や舞台で目覚ましい活躍を続け結婚もし、子供も授かりました。でも幸せな日々は続かず、かつて父親が家を出ていったように、今度は夫が家を出て行きます。その後39歳の時に再婚し、次男をもうけます。オードリーはこの時、全ての映画出演を断り、以後六年間家族を優先した生活を送りますが、二度目の離婚を経験するに至ります。
「大切なのは、どんな花を選ぶか、どんな音楽をかけるか、どんな笑顔で待つか、そういうことです。私は家庭を陽気で楽しい場所にしたいのです。この不安だらけの世界から逃れられる安息の地にしたいのです」

ドアの向こうの子供達

 『一つのドアが閉まれば、もう一つのドアが開く』という言葉がありますが、オードリーは映画出演を再開し、三度目の結婚をします。この時出会った男性とは残りの生涯を共にし幸せに暮らします。また、ユニセフの活動を開始し、エチオピア、バングラデシュ、ベトナム、ソマリアなど、極貧状態にある世界中の恵まれない子供達に愛を与え続くけることに、命の炎を燃やし続けます。
  1993年1月20日の午後、誰からも愛された心美しき女性、オードリー ヘップバーンは63年間の生涯に幕を閉じました。

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『シワがある自分が好き』*他人の評価よりまず自分の評価

 オードリーの一生を振り返ると、改めて「シワのある自分が好き」という言葉に重みを感じます。彼女は自分への劣等感や社会への恐怖心を克服し、晩年は愛に満ちた人生を送りました。もしオードリーが「シワのある自分なんて大嫌い!」と言っていたら、オードリーに対する人々の見方も変わっていたかもしれません。
  オードリーは誰かに「シワがあっても素敵ですね」と言われたからそう言ったわけではなく、自ら先に言いました。すると、周りもそんなオードリーの顔に刻まれた一本一本のシワを見つめた先に、彼女がそれまでの人生でつちかった、強さ、優しさ、賢さを『美しさ』として受け入れます。
 ああ、そんな風に年を重ねたい、そんな強さ、優しさ、賢さを身につけた人間になりたい、という思いが湧き出します。
 私達は誰しも人から愛されたい、評価されたい、大切にされたいと望みます。誰かに大切にされれば、自分のことを大切にできそうです。
 でも、オードリーはそれは逆だよ、と伝えているようです。人に愛されたかったら、まず自分を愛しましょう。人に褒められたかったら、自分をまず褒めてあげましょう。そうすれば、周りは自然にあなたを認めてくれますよ、と。
『シワがある自分が好き』というオードリーの言葉は、『人の評価より、まず自分の評価が先だよ』と優しくメッセージを投げかけているのではないでしょうか。
 先に自分の存在を自分がしっかり認めてあげれば、『心の美人』や『心のハンサム』になって、それから人の愛情や評価はついてくるのです。
「自分自身に対して100パーセント素直になって、欠点から目をそらさずに、正面から向かい合い、欠点以外のものに磨きをかけるのです」

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『シワがある自分が好き』*自分の本当の価値

 また、「シワがある自分が好き」は、オードリーが美貌に幸せを求めていなかったことがわかります。世界で最も貧困な国々を周り続けたオードリーは、名声や財産には重きを置かず、誰かに思いやりを与えることに、本当の幸せを見いだしました。
 実際、1988年にユニセフの親善大使を務めた時、その役割を全うできることに、最高の機会を与えられ、素晴らしい気持ちなのだと語っています。
 オードリー ヘップバーンは人の本当の価値は、容姿や肩書、財産とは全く関わりがないことを、身を持って世に示した先駆者なのだと思います。
 オードリーがたくさんの愛情を人々に与えたように、人の本当の価値は、どれだけ自分を大切にし、困った人や悩んでいる人に手を差し伸べるかなのでしょう。その相手の数は問題ではなく、たった一人でもいいのだと思います。
 容姿は誰だって老けていくものだけれど、心は自分次第で、オードリーのようにずっと若くいられそうです。『永遠の妖精』とオードリーが人々に言われる所以は、そこにある気がします。
 オードリー ヘップバーンを想う時、一生かけてもあんな心の美しい人には到底なれない、と感じます。でも、まだまだこれからたくさん学びながら、顔中がシワだらけになってでも、人と比べた容姿や財産、肩書きに心奪われることなく、彼女が勇気を持って示してくれた着地点のなるべくすぐ近くまで、いつかたどり着ければと思うのです。
「年とともに自分が変わっていくのがわかります。でもそれを直視しなければ。みんなが経験することですから」

今日も希望発見ブログをお読みいただき、ありがとうございました。
Your spiritual friend,  ラニ

【この記事は、2019年8月15日に加筆・修正致しました】 

オードリー ヘップバーンさんの言葉は、この本から引用いたしました。