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希望発見ブログLooking for HOPE 

心を癒す旅 ~もっと楽しく、もっと気楽に。

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霊的真理(スピリチュアリズム)、瞑想、歴史、名言、旅行、子育て、エンタメ、心の癒し。様々な分野から、楽しく楽観的に生きるための希望を見つけ、ご紹介しています。

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薬物は駄目!依存症はこの世に生きているうちに治すもの

Inspirational  ‪Quote‬

ホイットニー ヒューストン*愛を伝えた歌姫

 洋楽が大好きだった私は、10代の頃から、様々なアーティストのライブに行きました。ブライアン アダムス、ボンジョビ、マイケルジャクソン、リサ ローブ、コアーズ。あげればきりがないほど、ジャンルを問わず、チャンスがあれば観に行きました。会場の熱気が大好きでしたし、知らない人同士でも、一つになって楽しめる音楽の素晴らしさに酔いしれていました。

 

 長い間第一線で活動するアーティストは、決まってファンを大切にします。中でもホイットニー ヒューストンさんは、当時超大物アーティストでしたが、歌声もさることながら、ファンへの接し方がとても優しく、素晴らしい人だな、と思ったことを良く覚えています。

 名古屋のレインボーホールでの出来事です。驚いたことに、ライブの最後になって、彼女は生まれたばかりの赤ん坊を抱いて、ステージ上に立ちました。会場からは「かわいいー!!」の声が溢れんばかりになりました。赤ちゃんはヒューストンさんの娘、クリスティーナちゃんです。
 

 2012年2月、世界中にホイットニーさん急死のニュースが飛び回りました。48歳でした。死因がコカインと聞いて、耳を疑ったのは私だけではないと思います。私はホイットニーさんの夫のボビー ブラウンさんのライブにも行ったことがありますが、ホイットニーさんは夫からDVの被害を受けていたようです。多くのラブソングを通じて、世界中の人々に愛のメッセージを伝えてきたホイットニーさんが、あのような亡くなり方をしたのは、残念でなりません。

 

 それから三年後の2015年、今度は娘のクリスティーナさんが意識不明で発見され、半年間の昏睡状態の後、亡くなりました。まだ22歳で死因はドラッグとのことでした。私はこのニュースを耳にした時、ホイットニーさんが幸せいっぱいの笑顔で、赤ちゃんだったクリティーナさんを抱いている姿を昨日のことのように思い出し、胸が張り裂ける思いでした。

Mount Rushmore

留学先にて*初めて薬物依存症について知る

 私が薬物中毒の恐ろしさについて、最初に見聞きしたのは二十代の初期にアメリカの中西部の短期大学に留学した時でした。留学して半年後、私が受講していたアート(陶芸)のクラスでアシスタントティーチャーをしていたアメリカ人の女性とお付き合いすることになりました。ここでは彼女のミドルネームからメアリーと呼びます。

 当時彼女は私より二つ下でしたが、すでに大学二年生で学費を稼ぐため、アシスタントのアルバイトをしていたのです。私は中学生の頃、唯一美術の成績で5段階評価の内『5』をとったことがあり、そんな取り留めもない記憶を頼りに、陶芸なら余裕でいい成績がとれるだろうと、自信満々に授業に臨みました。しかし、ふたを開けて見ると、あまりにも不器用で、電動ろくろを回している時に、隣にいた女性の新品の靴に、粘土の塊を勢いよく飛ばしてしまったこともあります。(彼女の顔は引きつっていましたが、笑顔で許してくれました)

 毎週授業が始まる一時間前に教室に出向き、練習しましたが、一向に上達できません。メアリーは私の不器用さが目に余り、毎回隣に座って付きっ切りで教えてくれました。予期しなかったことでしたが、そこから、少しずつお互いの距離が縮まっていきました。

 さて、交際が始まり彼女の家に初めて行った時のことです。彼女の家のリビングに大きなライフル銃が置いてありました。びっくりしてライフル銃を見つめる私に、大柄な彼女のお母さんが私に近づき、もし、元夫がこの家に戻って来たら、迷いことなく撃ち殺すのだと、強張った表情できっぱり言いました。
 
 詳しくメアリーに話を聞くと、彼女のお父さんは家族にひどい暴力をふるう人だったのです。シングルマザーのメアリーの母親は朝から晩まで仕事で、メアリーは中学、高校時代、孤独でした。彼女にはお兄さんが一人いるのですが、このお兄さんが自宅に素行の悪いお友達をたくさん呼び、子供達だけでドラッグパーティーをするようになりました。周囲に勧められた彼女は、ためらいながらもドラッグに手を出してしまいます。そしてどんどんのめり込み、ドラックを手放せなくなったのです。
 
 メアリーが高校三年生のある日、自宅でシャワーを浴びていると、シャワーの水が全て鋭い針に見え、絶叫しながら、バスルームを飛び出しました。このままでは、駄目だと感じた彼女は、母親に事情を話し、リハビリ施設に入所し、無事に克服しました。 
 
 アメリカでは学生が簡単にドラッグを入手出来てしまうため、若者の薬物中毒は大きな社会問題となっています。大きな大学のキャンパスでベンチに座っていると、時々警察官がやってきて、ベンチの下に薬物を隠し持っていないか、覗き込んでチェックするほどです。

Stop

依存症と死後の世界

 薬物に限らず、アルコールやギャンブルなど、身を亡ぼすような依存症は、実は死後にも持ち越します。依存症は、この世の人生でしっかり治したほうが、死後の世界で治すより、はるかに楽なのです。

 なぜなら天国には本来依存症というものは存在しません。ひどい依存症を抱えた人は、エネルギーレベルが非常に低い為、天国の高いエネルギーレベルと波動が合わず、居場所がないのです。
 
  中には死後も地上に戻り、自分と同じような依存症を持つ人に近寄り、どんどん依存するよう思考を吹き込むことで、満足感を得ようという霊もいます。

 少し話がそれますが、死後の世界とか霊について話す人達や一部のメディアの中に、よく『とりつく』という表現を使って、恐怖心を煽り立てる人達がいます。しかし、普通に生きている人達にとって、霊的なことを怖がる必要は全くありません。私達の魂は非常に強靭なエネルギーを持っています。本当に全く怖がる必要はありません。
 宗教的な教えや伝統的な言い伝えにより、真実が歪曲されていることがとても多いのです。死後の世界は愛の世界です。恐怖とは無縁の世界です。
  例えばお葬式の時の戒名のように、本当は死後の世界の行き場所とは全く関係がないのに、お寺から勧められるがまま、大金を支払う羽目になる場合があります。もちろん、お葬式の規模も棺桶のサイズも、お墓の場所も関係ありません。大切なのは、日常生活でどう生きるか。それだけです。戒名は本来、仏教とも無関係です。恐怖心を利用されないよう、気を付けましょう。

 
 人が依存症に陥る理由は様々です。メアリーのように育った家庭環境や家庭内暴力(DV)の被害者で、心の痛みを忘れるため、依存してしまう場合もあります。
 総じて言えるのは、愛の不足です。その人が誰にも愛されていないと感じたり、その人自身が自分を大切にすることを全く意識しないで日常生活を送るためです。
 
 もし、自分は依存症だ、と自覚のある方はできるだけ早く専門家の治療を受けることをお勧めします。家族にそういう方がいれば、すぐにでも治療を勧めて下さい。その価値は十分あります。何としてでもこの世で生きているうちに、依存症は克服せねばなりません。

dolphins jumping

絶対に薬物には手を出さない

 日本でも近年薬物に手を出す人が増えているようです。もし、これからアメリカなどへ留学する予定のある方は、日本に比べ、違法と知りながら薬物を簡単に入手している若者が多いことに驚かれるかもしれません。誘われたパーティー先で、またはルームメイトが勧めてくることも無きにしも非ずです。

 都会の大きな大学に行くと、なかなか最初は友達ができず、孤独を感じることをあるでしょう。田舎の大学でも娯楽がないからと理由をつけて、誘惑が学生達を襲います。

 でも、どんな時も、薬物だけは絶対に、手を出しては駄目です。一度だけでも駄目です。カナダでは大麻の所持、使用が合法化されたようですが、周りの人がどれだけ手を出しても、あなただけは絶対に手を出さないでください。
 

 自分という人間を大切にしましょう。あなたが今この瞬間、この世で存在している。それだけで、十分、あなたという人が価値があり愛されるべき存在という証拠です。

 もし、このブログを読んだ方の中に、現在進行形で家庭内暴力の被害者の方がいらっしゃったら、我慢せず警察に相談するなどして、とにかく逃げてしまうことが大切です。相手がいつか変わることを期待して、我慢するのではなく、もしひどい暴力(言葉の暴力を含めて)を受けている場合は、相手のことは一切気にせず、あなたの体と心を守り抜いてください。妊娠中や産後の場合は、親族や信頼できるお友達に相談してください。一人で全部戦い抜こうとは思わないでください。
 
 私達は一生の間、すべての人間関係から様々な学びを得ます。互いの関係が不仲になった時、ある時点で許し合うことはとても大切なことですが、暴力を受けることによって、学びを得ることは、誰一人として人生プランの中に入っていません。学び合う人間関係とは、最低限の敬意が二人の間に存在してこそ、成り立つのです。

Kiss

 最後に少しだけ彼女の話に戻ります。私と彼女の交際期間はそれほど長く続かず、終焉を迎えました。交際当時、彼女が語っていた将来の夢を思い出します。
 「私はひどい子供時代を過ごしたから、大学に編入したら心理学を学んで、将来は子供たちに寄り添う心理カウンセラーになりたい」
 
 月日は流れ、彼女とは一切連絡は取っていませんが、アートのクラスで出来の悪い私にそっと寄り添ってくれたように、きっと多くの子供達に寄り添う、素晴らしいカウンセラーになっていることと思います。
 彼女が口ぐせのようによく言っていた言葉で締めくくります。どん底から這い上がった人にしか言えない言葉かもしれません。

 I am not afraid of anyone, or anything.
 (私は誰も、何も恐れない)

 最後まで読んでくださり、ありがとうござました。
 Your spiritual friend, ラニ