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希望発見ブログLooking for HOPE 

心を癒す旅 ~もっと楽しく、もっと気楽に。

霊的真理(スピリチュアリズム)、瞑想、歴史、旅行、子育て、エンタメ、人間関係。様々な分野から、人生の希望を見つけるブログです。

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『アメリカ留学体験記*コミュニティカレッジ』*人生のコーチとの出会い

basketball hoop

コミュニティカレッジの寮にて*人生の師が突然現れる

 私は21歳の時、アメリカの中西部にあるコミュニティカレッジに留学していました。コミュニティカレッジとは二年制の公立大学のことで、四年制大学に比べ、学費が安く、授業の難易度もそれほど高くありません。
  最初の一年間は寮生活をしていたのですが、ルームメイトが大学のチームでプレーするバスケットボールプレイヤーで、筋肉隆々のすごい体をしていました。

 ある週末の夜、部屋のドアをノックする音がしたので開けてみると、ルームメイトよりもさらに体の大きい、身長190センチ、体重100キロほどありそうな大男が立っていました。当時の私よりもかなり年上です。(あとで15歳年上とわかりました。)視線をあげると、大男はクマのような優しい目をしていました。
 きっとバスケット関係の人かと思い、ルームメイトは居ない旨つげると、彼は何と私に用があって来たと言いました。驚く私に大男は自己紹介を始め、実はバスケットボールチームのヘッドコーチをしているとのことでした。ヘッドコーチとはアメリカの大学では監督を意味します。
「いや、今までバスケットボールしたことないんですけど・・・・」てっきりスカウトに来たと勘違いした私に、彼は大きな体を揺らして笑い出しました。
「違うよ、バーに行って一緒に飲みにいかないか?ルームメイトから聞いたぞ。21歳なんだろう?」そう言われ、私はすぐに要領を得ました。日本で飲酒は20歳からと法律で定められていますが、アメリカでは21歳からです。彼は選手をバーに誘おうにもほとんどがニ十歳以下なので誘えなかったのです。私のルームメイトから私が21歳との情報を得た彼は、早速バーに一緒に飲みに行く相手として誘ってくれたのでした。

To See Me Now You'd Never Think to Wonder

留学生活*一つの出会いで世界が広がる

 そこは人口約2万人の小さな街で、娯楽という娯楽はほとんどないところです。一応ダウンダウンと呼ばれる場所はありましたが、いつも閑散としていて全く活気がありません。冬はマイナス30度にもなるような場所なので、誰も外に出たがらないのでしょう。
 彼は周りの人から『コーチ』と呼ばれていたので、私も彼をコーチと呼んでいました。彼は私をファーストネームで呼んでくれます。アメリカにいた時、互いの年齢はあまり関係なくファーストネームで呼び合い、また英語には日本語ほど敬語がないので、同じ目線で気軽に語り合えることが、私にとってとても居心地よく感じました。
 コーチは笑顔が爽やかな人で、飲みっぷりも豪快です。私もお酒にはまあまあ自信がありましたが、彼のペースで一緒に飲むと、帰る頃には足元がふらつきました。
 最初にバーでお酒を飲み交わした時からコーチとは意気投合し、それから毎週のように彼は私を誘ってくれました。だいたい、ニ、三のバーをはしごします。バーはいつも活気があって、街中のいろんな人々に出会えたのも、私にとっていい経験でした。男女とも様々な年齢層の人達が集まり、みんな気さくで、日本から来たと言っただけで、ビールをおごってくれる人もいました。
 コーチとは何でも話しました。彼とは15歳も年が離れていましたが、私を年下扱いせず、また日本人、ということも気にせず、一人の人間として、私の話に真摯に耳を傾けてくれました。
 私にとって彼は何でも相談できる頼りがいのある存在でした。恋愛のこと、勉強のこと、将来のことをよく語り合いました。アメリカの歴史やアメリカ人のものの考え方、さらにはお酒の種類までいろいろ教えてくれました。Stout Grove, California

コーチという人*夢を追って

 コーチは元々、大学を卒業後、カリフォルニア州の中学校で科学の先生をしていました。しかし、先生をしながらどうしても自分に合っていないという気持ちを拭いきれず、煮え切らない日々が6年間続きました。ある日、実家に帰った時、コーチの父親が、深沈した息子の表情を見抜きこう言葉をかけたそうです。
「向こうでうまくいっていないのなら、いつでも戻ってきたらいいよ」
 コーチはこの言葉に救われた思いがし、思い切って教職を辞して故郷に戻り、心の中でくすぶっていた夢を追う決心をします。故郷に戻り、大学院に入ってバスケットボール指導者としての道を進み始めるのです。
 実際、コーチは仕事に強い誇りを持っていて、バスケットボールのコーチという仕事を心から愛していました。
 「俺の周りの人はみんな自分の仕事を嫌っている。でも俺は自分の仕事が大好きなんだ。休みなんかいらない。日曜日だって喜んで仕事する。本当にこの仕事が好きなんだ」よくそうやって話してくれたものです。
 私にとっては完璧な人生のコーチです。ある日そのことを彼に直接告げると、彼は照れくさそうに笑い、「いや、完璧じゃないよ。俺にも弱点はある」と言いました。「その弱点って?」と尋ねると「人間関係や恋愛のことなんかはいつでもアドバイスできるけど、自分の恋愛だけは苦手なんだ。女性を見る目がないというか、長続きした試しがない」とちょっと悲し気に言いました。
 コーチとバーに通うようになって約半年が経ったある日のこと、バーでビリヤードをして楽しんでいた私達のところに、一人の女性が近づいてきました。実はバーにいると時々変な人に出くわします。
 彼女は長いブロンドの髪が美しい、スタイル抜群の魅惑的な女性です。女性は私達のところに来るなり、自己紹介もせずいきなり、「私のお尻を思いっきり噛んでみない?噛み跡をのこせたら10ドルあげる」と弾けるような笑顔で言いました。思わず「YES!」と言いそうになりましたが、コーチが口を一文字に結び、首を横に振ったので、自制心が働き、断りました。女性は食い下がり、「じゃあ、今から私の家においでよ。」と執拗に誘ってきます。何だか怪しく感じ、私はコーチと何とか断って、バーをあとにしました。

 それから一週間が経った頃、コーチの部屋に行くと珍しく元気がありませんでした。気になってどうしたのか尋ねると、彼は大きなため息をついたあと、「この前バーでお尻を噛んでくれって言ってきた女がいただろう?いいか、あいつには絶対に手をだすな。本当にやばい女だ」と言って肩を落としました。何があったのかは簡単に想像がつきます。やはりコーチには弱点があったのです。私は何も言わずに肩をポンポンと叩きました。
 さて、その留学先には約二年間滞在し、コーチともお別れする日がきました。最後はいつものように二人だけでバーに行きました。私はコーチにたくさん感謝の気持ちを述べました。コーチは「俺はサヨナラが苦手なんだ」と言って、口数が少なかったのを覚えています。
 最後、バーを出て、いよいよお別れという時、コーチが大きな体で私を包み込むように抱き締めてこう言いました。
“Thank you for your friendship.”(友情をありがとう)

Dreaming of Walden

素晴らしき友*コーチから学んだこと

 あれから約二十年経ちました。私はコーチと別れたあと、彼が私にしてくれたように、人を年齢で見ないという姿勢を貫いてきました。どんな人の人間性にも光輝く部分があり、自分より一回り以上年下の方からでも、学ぶことは多々あります。
 私は現在コーチがどうしているのかわかりません。ひょっとしたら、彼は夢を叶え、彼の出身大学のバスケットボールチームの監督をしているのかもしれません。バーでよく、いつか家庭を持ちたいと言っていました。彼の夢が全て叶って幸せに暮らしていると信じています。
 コーチを思い出すと今でも心が温かくなります。いつしか私も当時のコーチの年齢を超えました。彼のように懐の大きくて寛大で、いつも穏やかな心を持った人間になりたいと、常々思っています。
 私は十年以上前に瞑想を始めて以来、お酒を完全に断ちました。体がもうお酒を全く欲しがらなくなったのです。でももし、もう一度、彼と出会うことがあれば、(何だかいつか会えそうな気がしているのですが)その時だけは思い切って、彼と美味しいお酒を飲みかわしたいと思っています。

“Work hard to be good.”彼が私に教えてくれたシンプルな言葉です。
「いいかい、マイケル ジョーダンみたいな天才は、ほとんどいない。俺達はみんな平凡な才能しかもっていない。でも、一生懸命やれば、成功する可能性が生まれる。だから好きなことを見つけたら、とことん一生懸命やることが大事なんだよ。」
コーチの言葉は今も私の心に生き続けています。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
Your spiritual friend, ラニ

【この記事は2019年3月24日に、加筆・修正致しました】

 

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